トランプはなんで、グリーンランドの領有に意欲を示しているんだろう?
トランプがグリーンランドに色気を出す理由は、ロマンでも地図マニアでもない。地政学だ。冷たいけど熱い、北極圏の現実だよ。
まず場所。グリーンランドは北米とヨーロッパの間にドンと横たわる巨大な氷の島。北極海への玄関口でもある。北極は「白い砂漠」ではなくなりつつある。温暖化で氷が減れば 、北極海航路が現実味を帯びる。アジアと欧州を結ぶ新ルートだ。物流、軍事、資源。全部が絡む。
次に軍事。アメリカはすでにグリーンランドに空軍基地(ピトゥフィク基地、旧チューレ基地)を持っている。弾道ミサイル早期警戒の要だ。ロシアの北極圏での軍事活動、中国 の「北極シルクロード」構想。これらをにらむと、あそこはただの氷原ではない。レーダーと宇宙監視の前線だ。
そして資源。レアアース(ハイテクに不可欠な希土類)、ウラン、石油、天然ガス。まだ大規模開発は進んでいないが、「眠っているかもしれない」という可能性がある。中国は レアアースの供給で強い立場を持っている。米国から見れば、供給網の安全保障は国家戦略だ。
さらに政治の文脈。トランプは「取引(ディール)」の発想を好む。彼の世界観では、国家も企業のように資産を買う・売る。19世紀にアメリカがアラスカをロシアから買った 前例もある。彼にとっては、あれの現代版という感覚だった可能性が高い。ただし21世紀の国際法と民族自決の原則は、19世紀の不動産ゲームとは違う。
ここで一歩引いて考えると、これは実際に買えるかどうかというより、「北極をめぐる大国間競争」のシグナルでもある。ロシアは北極沿岸に長大な海岸線を持ち、中国も科学調 査や投資で足場を築こうとしている。アメリカが黙っていれば、影響力が相対的に下がる。だから存在感を示す。
ただし重要なのは、グリーンランドはデンマーク王国の一部であり、自治政府を持つ。住民の意思が最優先だ。主権は商品棚に置かれた缶詰ではない。国際秩序は、少なくとも建 前上は、民族自決と合意に基づく。
結局のところ、トランプの発言は奇抜に見えるが、背景には北極の軍事・資源・航路というハードな現実がある。氷が溶けると、地図の意味が変わる。地図が変わると、国家の計 算も変わる。
北極は21世紀の静かなフロンティアだ。白いキャンバスの上で、大国たちが薄く、しかし確実に線を引き始めている。
領有しなくても、北極海航路をアメリカも使える、というわけではないの?
結論から言うと、領有しなくても北極海航路は使える。
ただし、「自由に」「好き放題に」という意味ではない。ここがミソだ。
海にはルールがある。国連海洋法条約(UNCLOS)という国際法の枠組みがあって、各国は自国の沿岸から200海里(約370km)の「排他的経済水域(EEZ)」を持 つ。でもそこでも基本的に他国の船は航行できる。いわゆる「航行の自由」だ。公海ならなおさら自由。
北極海航路には大きく2つある。
ひとつはロシア沿岸を通る「北東航路(Northern Sea Route)」。 もうひとつはカナダ側を抜ける「北西航路(Northwest Passage)」。
アメリカがグリーンランドを持っていなくても、理屈の上ではどちらも通れる。ただし――
ロシアは北東航路を「ほぼ自国管理の水路」のように扱っていて、通行許可や砕氷船の同伴を要求している。実質的なコントロールだ。 カナダも北西航路を「自国の内水」と主張している。アメリカは「国際海峡だ」と主張している。ここは法的にグレーで、静かな綱引きが続いている。
つまり、航路は物理的には開けつつあるが、法的・政治的には大国同士の主張がせめぎ合う空間なんだ。
ではグリーンランドは何を意味するのか。
グリーンランドは航路そのものというより、「北極への出入り口」「補給・港湾・監視拠点」として重要だ。航路が活発になれば、港、救難拠点、燃料供給、海底資源の調査など 、周辺インフラの価値が上がる。ここを自国領にしておけば、将来の交渉力は強くなる。そういう発想は理解できる。
でも実務的に言えば、アメリカはNATO同盟国であるデンマークと協力すれば十分アクセスできる。領有しなくても、港を使う協定や軍事協力でほとんどの目的は達成できる。
だからこれは「通れるかどうか」の問題というより、「将来どれだけ主導権を握れるか」の話なんだ。
北極は、いまは氷の多い静かな海だ。でも氷が薄くなると、ルール作りが始まる。 そのときに席に座っているのか、テーブルを用意する側なのか。そこが各国の本音だ。
地図を見ると白い空白地帯に見えるけれど、実際にはすでに法と軍事と資源の思惑がぎっしり詰まっている。白は無色じゃない。まだ塗られていないだけだ。
理屈だけ言えば、領有しなくても上空は使える。けれど「どの程度、誰の裁量で使えるか」がポイントになる。
国際法では、各国は自国の領空(陸地と領海の上空)に対して完全な主権を持つ。つまりグリーンランド上空はデンマーク王国(+自治政府)の領空だ。民間機は通常、事前に設 定された航空路を通り、上空通過料を払い、管制の指示に従う。軍用機はもっとデリケートで、事前の合意や協定が前提になる。
では現実はどうか。 アメリカとデンマークは同盟国だし、グリーンランドには米軍基地もある。だから平時において、アメリカが「通れなくて困る」という状況はまず起きない。民間航空も、北米― 欧州間の最短ルートの多くはすでにグリーンランドやカナダ上空を通っている。日常的に飛んでいる。
ではなぜ「完全に自分のものなら便利」と考える人がいるのか。
理由は二つある。
一つは軍事的即応性。
弾道ミサイル防衛、爆撃機の展開、早期警戒機の哨戒。危機時に「許可の確認」や政治交渉を挟まずに自由に空域を使えるのは、軍事計画上は安心材料になる。戦略家は最悪ケー スで考える生き物だ。
もう一つは将来の北極圏の航空路。
温暖化で偏西風のパターンやジェット気流の使い方が変われば、北極経由の超長距離路線が増える可能性がある。極圏ルートは燃料効率が良いことが多い。航空管制、救難、空港 インフラの整備が進めば、上空の価値はさらに上がる。
ただし、ここで冷静に。
領有しなくても、同盟と協定でほぼ同じ実利は得られる。領有はコストが巨大で、外交的摩擦も大きい。実務的合理性だけで見ると、今の体制で十分回っている。
だから「空路を便利にするために買う」というのはやや飛躍だ。 むしろ発想の核にあるのは、「北極という将来の戦略空間を、確実に自国の影響圏に固定しておきたい」という心理だろう。
空は透明に見えるが、そこにも主権の線が引かれている。 そして主権というのは、使えるかどうか以上に、「最後に誰が決めるか」という問題なんだ。北極はその“決定権”をめぐる静かな実験場になりつつある。


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