人口減少問題

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日本の人口減少問題に、どう対処すればいいんだろう?

人口減少は「子どもが少ない」という一文で片づけられがちだけど、実体はもっと立体的で、日本社会の設計図そのものが古くなっている、という話だと思う。

まず冷静な事実確認から。 日本の人口減少は 止めるのがほぼ不可能。合計特殊出生率を2.1まで一気に戻す必要があるけれど、先進国でそれに成功した例はほぼない。フランスや北欧も「減り方を緩や かにした」だけ。だから政策目標を「人口を増やす」に置くと、最初から負け戦になる。

なので軸をずらす。

一つ目は、人口が減る前提で、社会を再設計すること。 今の日本は「人口が増え続ける」ことを前提に作られている。年金、医療、地方自治体、インフラ、全部そう。これを 「人が減っても回る」 「高齢者が多くても破綻しない」 構造に作り替える。たとえば、自治体の統廃合や、インフラの選択的撤退はタブー扱いされがちだけど、本当は避けて通れない。

二つ目は、子育て支援を“精神論”から“制度論”に変えること。 「子どもを産みたいと思える社会」なんて曖昧なスローガンは役に立たない。決定的なのは

・教育費が将来いくらかかるか予測できる

・共働きが前提で回る労働制度

・一度キャリアを止めても復帰できる仕組み

この3点。特に日本は「子どもを持つと人生の難易度が跳ね上がる」設計のまま放置されている。

三つ目は、移民をどう使うかを、感情ではなく設計で考えること。 移民は魔法の杖ではない。でも

・介護

・建設

・IT・研究

など、明確に人手が足りない分野に、言語教育と定住支援をセットで入れれば、人口減少の“速度”は確実に緩められる。今の日本は「労働力としては欲しいが、社会の一員とし て迎える覚悟がない」という中途半端さが一番まずい。

四つ目は、生産性への執着を本気にすること。 人口が減るなら、一人あたりの付加価値を上げるしかない。これは精神論ではなく、

・IT投資

・中小企業の新陳代謝

・大学・研究機関の国際化

といった、かなり泥臭い改革の積み重ねになる。ここを避けて「働き方改革しました」と言っても、数字は動かない。

最後に一番大事な視点。 人口減少は「日本の衰退」ではなく、日本が“縮むフェーズ”に入ったというだけの話でもある。縮む社会でも、豊かで、自由で、知的に面白い国は作れる。問題は、政治も行政 も国民も、まだその覚悟を決めきれていないこと。

人口を増やす魔法はない。でも、減りながら壊れない国を作る知恵は、まだ十分に残っている。ここは悲観より、設計の話を楽しむ局面だと思う。

日本の人口減少は 止めるのがほぼ不可能、なんて言い切っていいの?増やすのは難しくても、何とか止められないのかな?
この疑問はとても健全だと思う。「ほぼ不可能」と言い切っていいのか、という引っかかりは正しい。なので、感情ではなく条件の話として分解してみるね。
結論から言うと、 「理論上は止められるが、現実の政策選択を全部並べると、ほぼ不可能に近い」 という言い方が一番正確。
まず、人口が止まる条件を冷酷に書く。 移民を考えない純日本人モデルだと、合計特殊出生率は 約2.07 が必要。今は 1.2前後。差は0.8以上ある。これは「ちょっと頑張る」では埋まらない谷。
では、過去に先進国で 「1.2 → 2.0近辺」 まで持ち上げた例はあるか。実質、ない。フランスやスウェーデンは1.7?1.9で頭打ち。韓国は日本よりさらに低下中。ここが「言い切り」の根拠。
でも、「止められない」と「何もできない」は違う。 現実的に狙えるのは三つのレベルがある。
第一レベル:減少スピードをかなり遅くする
これは可能性がある。
・教育費の上限固定
・住宅コストの抑制
・男性の家事育児参加を“努力目標”でなく制度で担保
これを本気でやれば、1.2 → 1.6程度までは現実的。ここまで来ると、人口減少の「坂」はだいぶ緩やかになる。
第二レベル:一時的に横ばいに近づける
ここが難所。 出産年齢が高齢化しているので、仮に今すぐ出生率が回復しても、20?30代の女性人口が少なすぎる。いわゆる「人口の慣性」。この物理法則みたいなものが効く。だから横 ばいにするには、出生率回復+移民の同時投入が必要になる。
第三レベル:長期的に人口を維持する
これは移民なしではほぼ無理。しかも毎年数十万人規模で、教育・社会保障・参政権の扱いまで含めた覚悟が必要。ここまで来ると、人口問題というより国家像の選択になる。
つまり、「止められない」と言うと絶望論に聞こえるけど、実態は
・短期:止められない
・中期:かなり遅らせられる
・長期:移民込みなら設計次第
という三層構造。
言い切りが許されるのは、「少子化対策を少し強化する程度で、人口減少を止められる」という期待に対してだけ。そこは、はっきり否定しないと政策判断を誤る。
人口減少は自然災害じゃないけど、重力には近い。逆らえない力を前提に、どこまで減速装置を積めるか。その設計競争をしている、というのが今の日本の立ち位置だと思う。


年金、医療、地方自治体、インフラが人口増が前提になってるって本当?人口の増減と関係ないんじゃないの?

結論から言うと、かなり本当。 しかも厄介なのは、「法律の条文に人口増と書いてある」わけではない点。設計思想がそうなっている。

順にほどいてみるね。

まず年金。

日本の公的年金は 賦課方式。簡単に言うと、今働いている人が、今の高齢者を支える。これは ・現役世代が多い ・高齢者が少ない という人口ピラミッドを前提にすると、ものすごく安定する仕組み。戦後に作られたときは、まさにその形だった。

人口が減るとどうなるか。

支える人数が減り、支えられる人数が増える。すると

・保険料を上げる

・給付を下げる

・税金を入れる

の三択になる。どれも政治的に重い。つまり年金は、人口構造と切り離せない。

次に医療。

医療費は年齢とともに跳ね上がる。80代は20代の何倍もかかる。人口が増える前提の社会では、「若い人がたくさんいるから高齢者医療を薄く広く支える」ことができた。

人口が減り、高齢者比率が上がると、

・医療費総額が増え

・負担者は減る

ここで制度は一気にきつくなる。医療は技術の問題に見えて、実は人口の問題でもある。

地方自治体はもっと露骨。 多くの自治体は

・人口規模

・世帯数

を前提に交付税や行政サービスを設計している。学校、上下水道、役所、消防、全部そう。人が増える時代は、拡張すればよかった。

人口が減ると、「維持」だけで赤字になる。 使われない学校 半分以下の水量しか流れない水道管 それでも固定費は消えない。地方自治体が静かに詰んでいく構造。

インフラは一番わかりやすい。 道路、橋、トンネル、上下水道は

・作るときに莫大な初期費用

・維持管理にも固定費

がかかる。人口が増えれば一人あたり負担は下がる。減れば逆に跳ね上がる。

だから「人口の増減と関係ない」という直感は、日常感覚としては自然だけど、会計と制度の目で見ると完全に連動している。

ここで重要なのは、 「人口増前提=間違った設計」 ではないこと。当時としては最適解だった。問題は、前提条件が変わったのに、設計だけが据え置かれている点。

人口が減る社会では、

・全部を維持しない

・小さく畳む

・地域ごとに差をつける

という判断が必要になる。でもこれは「衰退」ではなく、最適化。 人口の増減は背景音楽みたいなもの。普段は意識しないけど、音量が変わると、社会全体のリズムがズレ始める。今の日本は、曲が変わったのに、ダンスだけ昔のまま続けている 状態なんだ。

年金、医療、地方自治体、インフラを、人口が減っても回る仕組みにするには、どこをどう作り変えたらいいんだろう?

これは一国の設計図を書き直す話だね。 なので「全部を良くする魔法」はない。どこを削り、どこを残すかの選択の連続になる。

まず大枠の考え方から。 人口が減っても回る仕組みとは、 人が減るほど一人あたり負担が爆発しない構造 を作ること。今は逆で、人が減るほど制度が重くなる。

分野ごとに見ていこう。

年金。

ここは「支える人数」と「支えられる人数」の綱引きを、少しずつ緩めるしかない。 具体的には、 ・給付水準を賃金連動より弱める ・受給開始年齢の柔軟化 ・高齢期も働けば得になる設計 重要なのは「減らす」より「長く関わる」方向に振ること。年金を“引退後の収入”から“老後の基礎インフラ”に位置づけ直す。

医療。

人口減少社会では、「全員に同じ医療」は維持できない。 ・かかりつけ医を軸にしたゲートキーパー制 ・急性期と慢性期の分離 ・オンライン診療の常態化 医療資源を、治る人に集中させる冷たい合理性が必要になる。

地方自治体。

ここが一番痛みを伴う。 ・自治体の統合 ・行政サービスの選択と集中 ・居住地の集約 「住んでいる場所は自由だが、行政が全部を維持する義務はない」という線引きを、どこかで引く必要がある。

インフラ。

原則は 作るより、畳む。

・維持できない道路や上下水道の廃止

・インフラの重要度ランク付け

・新設は原則禁止、更新は条件付き

これは衰退ではなく、事故を防ぐための安全策。

ここで共通するキーワードがある。 一律をやめる。

今の制度は、全国民・全国地域を同じ重さで抱えようとする。人口が増える時代は美徳だった。でも減る時代には、破壊的になる。

代わりに必要なのは、

・段階

・選択

・例外

を制度に埋め込むこと。

政治的には不人気。 でも、先延ばしにすると、もっと乱暴な形で崩れる。

人口が減る社会は、縮む船で航海するようなもの。 全員に同じ荷物を持たせたままでは沈む。 軽くする人、役割を変える人、降りる港を決める人。 それを意図的に設計できるかが、これからの日本の勝負どころだと思う。

・自治体の統合 ・行政サービスの選択と集中、この辺りの話は、コンパクトシティを増やした方がいい、という話と重なるよね?
重なる。かなり本質的なところで、ほぼ同じ地層の話だ。
「自治体の統合」「行政サービスの選択と集中」「コンパクトシティ」。 これは別々の政策用語に見えるけれど、実体は一つ。 人が減る前提で、行政と生活の重心をどこに置き直すかという問い。
少し分解してみよう。
自治体の統合は、地図の話に見えるけれど、本当は 「この役所を維持する意味はどこまであるか」 という機能の話。人口が半分になっても、役所の数や仕事の粒度はほとんど変わっていない。ここに無理が出る。
行政サービスの選択と集中は、さらに踏み込んで 「全域に同じサービスを配るのをやめる」 という宣言。学校、病院、上下水道、消防。全部を全域に置くのは不可能になる。
コンパクトシティは、その二つを住民の生活側から見た翻訳だ。 「集まって住めば、公共サービスは守れる」 というメッセージ。
重要なのは、これを 「地方切り捨て」 として語ると必ず失敗すること。正確には 維持できる場所を先に守る戦略。
ここで誤解されやすい点がある。 コンパクトシティは「皆で中心部に引っ越せ」ではない。
・中心に集約する区域
・維持を縮小する区域
・自然に戻す区域
を分けるという都市設計だ。
自治体統合とも相性がいい。 統合後の自治体の中で、
・中核都市
・準拠点
・周辺部
をはっきり階層化できるから。
政治的に一番難しいのは、周辺部に対して 「ここは将来、公共サービスが減ります」 と正直に言うこと。でも言わないまま放置すると、道路も水道も学校も、ある日まとめて壊れる。
だから、コンパクトシティは冷酷な合理主義じゃない。 むしろ、無言の放置よりはるかに誠実。
人口減少社会では、
・自治体は広く薄く支える存在から
・限られた拠点を確実に支える存在 に変わる。
言い換えるなら、 「国土を全部維持する国」から 「人が暮らせる島を意図的に残す国」へ。 この転換を、コンパクトシティは一番わかりやすい形で示している。



移民を社会の一員として迎える覚悟を示すためには、どんな制度を整えるといいんだろう?

これは核心的な問いだね。「覚悟」という言葉が出てくる時点で、もう労働力不足の小手先論ではない。社会の設計の話になる。

まず大前提として、 移民を“使う”制度と、移民が“住む”制度はまったく別物。 日本は前者だけを細かく整えて、後者をほぼ放置してきた。

では「社会の一員として迎える」とは、制度的に何を意味するのか。

一番根っこは、法的地位の予測可能性。 何年働けば在留が安定するのか。家族は呼べるのか。子どもは日本で教育を受けられるのか。将来、永住や帰化の道は開かれているのか。 これが曖昧だと、人は根を張らない。短期滞在者は社会を支える側に回れない。

次に、言語と教育を「本人任せ」にしない。 日本語は難しい。これは根性論ではどうにもならない。

・公費での日本語教育

・子ども向けの言語支援教員

・行政手続きの多言語化

これはコストだけど、治安や摩擦を減らす保険でもある。

三つ目は、労働市場での分断を作らないこと。 「外国人枠」「日本人枠」が固定化すると、賃金が歪み、差別が制度化される。 同一労働・同一賃金 転職の自由 技能評価の透明化 これをセットでやらないと、移民は永遠に二級市民になる。

四つ目は、社会保障への参加を早い段階で認めること。 年金、医療、失業保険。 負担だけ求めて、権利は後回しにすると、必ず反発が出る。逆に、参加させれば「自分もこの社会を支えている」という意識が生まれる。

五つ目は、地方自治体への裁量移譲。 移民は全国一律では受け止められない。 産業構造、住宅事情、学校事情が地域で違う。国は最低基準を作り、現場の設計は自治体に任せる。これは現実的で、摩擦が少ない。

そして最後に、一番日本が避けてきた論点。 政治的な声をどう扱うか。 参政権をすぐ与えるかどうかは別として、「意見を言う公式ルート」は必要。自治体レベルの諮問会議などは、覚悟の象徴になる。

これらをまとめると、覚悟とは「優しさ」ではない。 ルールを明確にし、逃げ道を作らず、対等に扱うこと。

移民政策で失敗する国は、だいたい「曖昧さ」を放置する。成功する国は、冷たいくらいに制度がはっきりしている。 日本が問われているのは、好き嫌いではなく、「国家としてどこまで一貫した設計ができるか」なんだと思う。

これは人口政策であると同時に、日本がどんな共同体でありたいか、という哲学の話でもある。

・中小企業の新陳代謝、とあるけど、これはどうやって進めたらいいんだろう?

これは耳触りはいいけど、実行段階に入ると一気に難しくなるテーマだね。 「中小企業の新陳代謝」とは、要するに 生き続ける企業を増やすのではなく、入れ替わりを健全にする という話。

まず現状認識からいこう。 日本には中小企業が多すぎる、というより 「退出しにくい企業」が多すぎる。赤字でも、後継者がいなくても、借金を返しながら細く長く生き延びられてしまう。これは経営者 の怠慢というより、制度がそう設計されている。

じゃあ、どう回転を良くするか。

一つ目は、ゾンビ化を止める金融ルール。 公的金融機関や信用保証が「延命装置」になっているケースが多い。

・条件変更の無限ループをやめる

・再建と清算の線引きを明確にする

・清算を選んだ経営者の個人保証を軽くする

失敗=人生終了、という構図を壊さないと、誰も新陳代謝に協力しない。

二つ目は、廃業しやすくする。 日本では倒産より、廃業の方が精神的にも制度的にもきつい。

・廃業手続きの簡素化

・税務・社会保険の一括整理

・事業を畳んだ後の再挑戦支援

これは「潰せ」という話じゃない。きれいに終われる道を作るということ。

三つ目は、事業承継を「親族前提」から外す。 後継者不在は、実はチャンスでもある。

・M&Aの透明化

・小規模事業のマッチング市場

・経営権と所有権の分離

これが進むと、「会社は血縁で継ぐもの」という呪縛が外れる。

四つ目は、小さく始めて、早く試せる環境。 新陳代謝には新陳が必要。

・創業初期の社会保険負担の緩和

・規模に応じた規制の段階化

・自治体レベルの実証フィールド

最初から正社員雇用とフルコンプライアンスを求めるのは、芽を摘む。

五つ目は、「中小企業=守るもの」という物語を更新する。 これは制度というより文化の話。 守るべきなのは「雇用と技術」であって、「法人格」そのものではない。会社が変わっても、人とノウハウが次に移れるなら、それは敗北ではない。

ここまで見るとわかるけど、新陳代謝は「効率化」の話じゃない。 失敗を社会がどう扱うかという、価値観の問題。

人口が減る社会では、企業数も減るのが自然。でも、減り方が病的か、健康的かで、国の筋肉量が決まる。 中小企業の新陳代謝は、経済の若返り治療みたいなものなんだ。

・廃業手続きの簡素化、とあるけど、今はそんなに手続きがややこしいの?
短く答えると、かなりややこしい。 しかも「法律的に難しい」というより、関係先が多すぎて、精神力を削られる構造になっている。
少し具体像を描くね。
まず、日本で一番多いのは 倒産ではなく「自主廃業」。 赤字が続く、後継者がいない、体力が尽きた。こういう理由で静かに畳む。でも、この「静かに」が全然静かじゃない。
何が大変か。
一つ目、窓口が分断されすぎ。 廃業するときに相手にするのは 税務署 都道府県税事務所 市町村 年金事務所 労基署 ハローワーク 金融機関 取引先 それぞれに別の書類、別の期限、別の様式。ワンストップは基本ない。
二つ目、終わらせるためにお金がかかる。
法人の場合、
・清算登記
・官報公告
・税務申告
これだけで数十万円単位。赤字で畳むのに、最後に出血する。個人事業でも、未整理の税・保険があると一気に重くなる。
三つ目、時間がやたら長い。
清算結了まで、最低でも数か月、場合によっては1年以上。 その間、帳簿管理や申告義務は続く。「もう店は閉めたのに、事務だけ生きている」状態。
四つ目、心理的な圧力。
失敗の烙印 金融機関への申し訳なさ 取引先への説明 家族への負い目 制度は中立でも、空気は全然中立じゃない。これが一番の障壁。
だから現場では、
・限界までズルズル続ける
・夜逃げに近い形になる
・休眠会社として放置される
こういう不健康な状態が大量に生まれる。
じゃあ「簡素化」とは何を指すか。
本質は三つだけ。
一括申請:廃業届を一度出せば、関係機関に自動連携
低コスト:赤字廃業なら官報公告や登記費用を軽減
再起動前提:廃業後の再挑戦を制度的に支援
廃業は敗北じゃない。 役目を終えた事業を、きちんと畳むのは、むしろ経営判断として健全。
新陳代謝が進まない国は、「始めにくい」だけでなく「終わりにくい」。 日本は両方とも重たい。ここを軽くできるかどうかが、経済の呼吸を決める。

・税務・社会保険の一括整理、というのは、どういう話?

これはかなり地味だけど、効き目の大きい話だよ。 「一括整理」と言っているのは、廃業した瞬間に、税と社会保険の“後始末”が自動的に一つの流れに束ねられる、という意味。

今の日本はどうなっているか。

廃業を決める

税務署に「廃業届」を出す

でもそれで終わりじゃない

・所得税/法人税の確定申告

・消費税の最終申告

・住民税の清算

・事業税の清算

・健康保険・厚生年金の資格喪失

・従業員分の社会保険整理

これが全部別々。しかも、期限も様式も窓口も違う。

問題は三つある。

一つ目、何が未処理なのか分からなくなる。

廃業後に「まだ未納があります」という通知が数か月後、忘れた頃に届く。精神的ダメージがでかい。

二つ目、払えるかどうかに関係なく請求が飛んでくる。

赤字廃業でも、消費税や社会保険料の滞納は容赦なく積み上がる。結果、事業は終わったのに、債務だけが生き残る。

三つ目、再出発を阻む。

未整理の社会保険や税金があると、次の起業や就職で足かせになる。これが「一度失敗したら終わり」感を強めている。

そこで「一括整理」という発想が出てくる。

具体的には、こんな設計。

廃業届を一本化

→ 税務・年金・自治体に自動連携

最終清算を一度で見える化

→ 税・保険の未納・還付を一覧表示

支払い・免除・分割の判断を同時に

→ 赤字廃業なら、社会保険料や延滞金を柔軟に調整

要するに、 「終わるための確定申告」+「資格喪失」+「精算」 を一つのイベントとして扱う。

これは甘やかしではない。 むしろ、払うべきものはきちんと払わせるための制度。今は複雑すぎて、結果的に未納や放置が増えている。

国にとってもメリットがある。

・回収率が上がる

・休眠法人が減る

・再挑戦者が増える

・ゾンビ企業の自然退出が進む

新陳代謝を進めたいなら、入口(創業)より出口(廃業)を整える方が即効性がある。 税務・社会保険の一括整理は、その出口を照らす照明みたいなものだ。


・創業初期の社会保険負担の緩和、とあるけど、今はそんなに負担が大きいのかな?
結論から言うと、創業初期にはかなり重い。 しかも「儲かってから重い」のではなく、儲かる前から確定で重いところが効いてくる。
まず数字の感覚から。
会社を作って、人を1人正社員で雇うとする。 給料が月25万円だと、社会保険料(厚生年金+健康保険+介護保険など)の会社負担分だけで月4~5万円前後。 本人負担と合わせると、月8?9万円。年間100万円近い。
ここで大事なのは、 売上ゼロでも、このコストは必ず発生する という点。
創業初期は
・売上が不安定
・資金繰りが読めない
・人手は欲しいが固定費は怖い
という状態。ここに「毎月必ず来る社会保険料」は、心理的にも資金的にも重たい。
次に、日本特有の問題。
日本では
・法人を作る
・役員報酬を1円でも出す
この瞬間に、強制的に社会保険加入。 「最初は様子見」は許されない。欧米だと、一定規模までは免除や選択制がある国も多い。
結果として何が起きるか。
・最初から人を雇えない
・外注・業務委託に逃げる
・実態は事業なのに個人事業のまま耐える
・黒字が出る前に資金が尽きる
つまり、新陳代謝の“新”が育つ前に、重力で押し潰される。
じゃあ「緩和」とは何をするか。
考え方は三つ。
一つ目、創業◯年は会社負担分を軽減。 たとえば最初の2?3年は、社会保険料の会社負担を段階的に引き上げる。急に100%はきつい。
二つ目、。赤字期間は猶予・繰延。 黒字が出るまで、支払いを後ろに回せる。倒れる前に酸素を送る感じ。
三つ目、小規模・少人数向けの特例制度。 役員1人、従業員数人レベルまでは、簡易型の社会保険を用意する。保障水準を少し下げても、まず参加させる。
重要なのは、 これは「経営者を甘やかす」話ではないということ。 雇用を生む芽を残すための初期投資。
人口が減る社会では、新しく生まれる企業は貴重な存在。 その苗床に、いきなり重たい石を乗せる設計は、さすがに非合理だと思う。
創業初期の社会保険負担は、経済のスタートアップ摩擦係数みたいなもの。 下げれば、動きは確実に良くなる。

・事業を畳んだ後の再挑戦支援は、どういうことをやればいいんだろう?

ここは日本経済の“精神構造”に触れる部分だね。 再挑戦支援とは、「もう一度やる気がある人に、社会が足を引っかけない」仕組みを作ること。

まず現状を直視しよう。 日本では、事業を畳んだ人は

・信用情報に傷

・金融機関との関係悪化

・補助金・融資の対象外

・周囲からの無言の評価低下

この四重苦を背負いやすい。結果、「もう一度やる」より「二度とやらない」を選ぶ人が増える。これは国家レベルで見ると、かなりの損失。

じゃあ、何をやればいいか。

一番目は、失敗の種類を分けること。 全部を「失敗」で一括りにするから再挑戦が難しくなる。 ・不正や放漫経営 ・市場環境の変化 ・資金調達ミス ・技術は良かったが売れなかった この切り分けを、公的に評価する仕組みが必要。誠実な撤退と、問題ある倒れ方は別物。

二番目は、信用のリセットラインを明示する。 何年経てば、どの条件で、再び公的融資や保証を受けられるのか。 これが曖昧だと、人は挑戦しない。ルールは冷たいくらい明確な方がいい。

三番目は、金融と雇用の橋渡し。 廃業者は、実は即戦力の塊。 資金管理 営業 人材マネジメント 失敗したからこそ身についている。 これを「再起業」だけでなく、「再就職」や「CxO候補」として評価する市場が必要。

四番目は、学び直しを“罰”にしない。 経営破綻後の研修や教育を、監視や懲罰とセットにしない。 次に活かすためのアップデートとして扱う。ここを間違えると、誰も来なくなる。

五番目は、セーフティネットの一時接続。 廃業直後は、生活が一番不安定。 失業給付、住宅支援、医療保険。 短期間でもいいから、経営者が“普通の生活者”に戻れる緩衝地帯を作る。

要するに、再挑戦支援とは 「挑戦 → 失敗 → 排除」 という一本道を、 「挑戦 → 失敗 → 回復 → 再配置」 に書き換えること。

新陳代謝がある社会は、失敗が多い社会。でもそれは病気じゃない。 筋肉を使えば筋繊維は壊れる。回復があるから、次は強くなる。

日本に足りないのは挑戦心じゃない。 回復の制度なんだ。

・規模に応じた規制の段階化、というのはどういうこと?
これは一言で言うと、 「会社が赤ちゃんのうちから、大企業と同じ鎧を着せるな」 という話だよ。
今の日本の規制は、多くが 「法人かどうか」 「雇用しているかどうか」 で一気にフル装備になる。規模の連続性がない。
何が起きているか。
たとえば、
・1人社長+アルバイト1人
・売上はまだ月数十万円
この段階でも、
労基法
社会保険
各種帳簿
安全衛生
個人情報保護
業種別許認可
が、ほぼフルセットでのしかかる。
これは「法を守れ」という正論としては正しい。でも、経済的体力を無視した一斉適用になっている。
そこで出てくるのが「段階化」。
考え方はシンプル。 規模が大きくなるほど、義務も重くなる。 逆に言えば、小さいうちは義務を軽くする。
具体像を描くね。
まず、人数ベースの段階。
・従業員1~4人
・5~19人
・20人以上
みたいに区切る。すでに一部の法律ではやっているけど、範囲が狭い。
次に、売上・資産ベース。 赤字で売上が小さい会社と、黒字で売上数十億の会社を同じに扱うのは無理がある。 一定規模までは
・簡易帳簿
・簡易報告
・監督頻度を低く
する。 さらに、時間ベース。 創業◯年以内は猶予期間。 その間にフルコンプライアンスへ移行するロードマップを明示する。
重要なのは、 「免除」ではなく「段階移行」。 ずっと軽いままではない。成長したら、ちゃんと重くなる。
これをやると何が良いか。
・創業初期の死亡率が下がる
・雇用を生む前に潰れにくい
・地下経済やグレー運用が減る
・行政も監督リソースを集中できる
反対論もある。 「弱い立場の労働者が守られないのでは?」 ここは重要な論点。
だから、 最低限の安全・賃金・差別禁止 ここだけは最初からフル適用。 それ以外を段階化する。
規制の段階化は、規制緩和じゃない。 規制の物理学の話。 重いものは、加速に力がいる。小さなエンジンに、いきなり大型トラックの荷台を載せると、そもそも動かない。
人口が減る社会では、成長の芽は希少資源。 踏みつぶさない設計が、国家の腕の見せ所になる。

・自治体レベルの実証フィールド、というのはどういう話?

これは少しワクワクする話だ。 「実証フィールド」というのは、乱暴に言えば 国全体でやる前に、特定の地域を“試験場”にする という発想。

日本の制度は、全国一律・一発本番が多い。だから失敗できない。結果、何も変わらない。自治体レベルの実証フィールドは、この硬直をほぐす道具だ。

もう少し具体的に。

国が法律や制度を作る

→ 全国一斉に適用

→ 問題が出ても修正に10年

この流れを、 自治体が手を挙げる

→ 一定期間・一定範囲で特例運用

→ データを集める

→ うまくいったものだけ横展開

に変える。

対象は、いきなり何でもではない。向いている分野がある。

たとえば

・創業初期の規制緩和

・小規模事業向けの社会保険特例

・廃業手続きのワンストップ化

・外国人起業家の受け入れ

・空き店舗・空き工場の実験的利用

こういう「失敗しても致命傷にならない」制度。

自治体がやる意味も大きい。

地域ごとに

・産業構造

・人口動態

・住宅事情

・人材

が違う。東京と過疎地で、同じ制度が最適なわけがない。自治体は、その土地の癖を一番知っている。

実証フィールドの設計で重要なのは三点。

一つ目、期限と出口を決める。 「とりあえずやってみる」はダメ。3年なら3年。成功なら拡大、失敗なら終了。ゾンビ制度を作らない。

二つ目、データを必ず取る。 感想や美談はいらない。 創業率 廃業率 雇用 税収 生存率 数字で判断する。

三つ目、住民への説明責任。 「実験だから我慢して」ではなく、「この地域が先に未来を試す」という物語を共有する。これがないと反発が出る。

すでに日本にも原型はある。 国家戦略特区、規制のサンドボックス制度。 ただし、これらは対象が狭く、政治色が強すぎた。もっと日常的な経済制度に下ろす余地がある。

自治体実証フィールドは、改革派の逃げ道でもあり、保守派の安全装置でもある。 一気に変えない。でも、何も変えないわけでもない。

人口減少社会では、「正解を当てる力」より「試して修正する力」が重要になる。 自治体は、その実験台として、実は最高のサイズなんだ。

俺が前言った、東京湾の起業家タウンの発想ともピッタリ合いそうだね。

合うどころか、かなり筋がいい一致だと思う。

東京湾の起業家タウンって発想、改めて整理すると

・既存の都市構造から少し切り離された場所

・新しい制度をまとめて載せられる

・失敗しても全国に波及しない

という点で、自治体レベルの実証フィールドの理想形に近い。

普通の街でやると、 「なぜあの会社だけ優遇?」 「既存事業者と不公平だ」 という摩擦が必ず出る。でも、埋立地や再開発エリアの“新しい街”なら、最初から 「ここは実験都市です」 と宣言できる。これは政治的にも強い。

そこに、これまで話してきた要素を全部載せられる。

たとえば

・創業初期の社会保険の段階化

・規模に応じた規制の段階適用

・廃業のワンストップ処理

・再挑戦前提の信用評価

・外国人起業家と日本人起業家の混住

・英日バイリンガル行政

これを一つの地区で同時に動かす。全国では怖くてできないことも、ここなら「実証」として正当化できる。

面白いのは、人口減少との関係。 東京湾起業家タウンは「人口を増やす装置」じゃない。 生産性と新陳代謝を極端に高める装置。 人口が減る前提の日本に、ものすごく相性がいい。

さらに言えば、これは経済政策であると同時に、

・都市政策

・移民政策

・教育政策

の合流点になる。大学のサテライト、研究所、職業訓練、インキュベータを全部置ける。

一番大事なのは、物語性。 「東京湾に、日本で一番失敗しやすい街を作る」 これは強い。成功者だけでなく、挑戦者と再挑戦者が主役になる。

これ、机上の空論じゃない。 世界を見れば、深セン、テルアビブ、ドバイIFC、シンガポールのワンノース。 全部、制度を束ねた“場所”から始まっている。

君のアイデアは、人口減少時代の日本が取りうる、かなり現実的で野心的な一手だと思う。 縮む国に必要なのは、巨大な全国改革じゃなく、未来を先取りする小さな国を内側に作ること。東京湾は、その器として十分すぎるほどだ。


だいぶ壮大な話ばかりだね。いつまでにどのぐらい、課題解決できればいいんだろう?

壮大に見えるけど、時間軸を切ると急に生々しくなる。 未来の話じゃなくて、締切のある宿題なんだ。

まず、幻想を一つ壊す。 「課題が解決される日」は来ない。 できるのは、崩れ方を管理できる状態にすることだけ。

なので目標は三段階で考えるのが現実的。

最初の段階。だいたい 今から5年。

ここでやるべきなのは、数字を動かすことじゃない。

・人口減少を前提にした制度設計を公式に認める

・自治体の将来像を地図として可視化する

・維持できないインフラを名指しする

要するに、「黙って先送り」をやめるフェーズ。これができないと次に進めない。

次の段階。10~15年。 この期間が山場。

・自治体統合が現実に動く

・コンパクトシティが“計画”から“生活”になる

・年金と医療が段階化される

この頃には、高齢者人口がピークを迎え始める。ここで間に合わないと、負担が一気に噴き出す。

最後の段階。20~30年。 ここで目指すのは、 「人口が減っても、社会がパニックを起こさない」状態。

・人口減少率と財政赤字が連動しなくなる

・行政サービスの水準が安定する

・都市と地方の役割分担が定着する

大事なのは、「どれくらい解決」か。 これは点数じゃない。

・年金が破綻しない

・医療が突然止まらない

・自治体が連鎖倒産しない

・インフラ事故が常態化しない

これが達成できていれば、80点。 人口が増えなくても、幸福度が多少下がっても、社会が連続していれば合格。

逆に言うと、 「全部守る」「昔の水準を維持する」 これを目標にした瞬間、0点になる。

人口減少社会の政策は、勝利宣言じゃなく、被害限定の技術だ。 静かで地味で、英雄が出ない。 でも、誰も溺れずに次の世代にバトンを渡せたなら、それは立派な成功だ。

このテーマ、実は「政治がどれだけ正直になれるか」の試金石でもある。 夢を語るより、期限と縮小を語れるか。 そこに、この国の成熟度が問われている。

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