久光製薬はなんでMBOをやったんだろう?
いいところに目をつけるね。 久光製薬がMBO(経営陣による買収)に踏み切った理由は、表向きは「中長期的な経営戦略の実行」だ。 まず会社を思い出そう。
サロンパスで有名な外用鎮痛消炎薬の会社。国内ではブランド力が強いけど、医薬品ビジネスは研究開発投資が重く、成果が出るまで時間がかかる。ここがポイントだ。
1. 短期株価と長期研究のジレンマ
上場企業はどうしても四半期ごとの業績に晒される。 しかし創薬や新剤型開発は、失敗リスクが高く、回収まで10年単位。
MBOにすると:
・上場廃止 → 短期的な株価プレッシャーから解放
・大胆なR&D投資や海外展開をやりやすい
・不採算部門整理や構造改革もやりやすい
「株主に説明し続けるコスト」から自由になる、という側面がある。
2. 創業家・経営支配の安定
久光製薬は創業家色が強い会社だ。 日本のオーナー企業に多い動機として、
・敵対的買収リスクの遮断
・世代交代に備えた資本整理
・経営権の集中
がある。
株が市場で分散している状態は、理論上はアクティビストが入りやすい。 MBOで非公開化すればそのリスクはほぼ消える。
3. 財務的な合理性
金利が低い局面では、LBO(レバレッジド・バイアウト)が成立しやすい。 借入で株を買い取り、将来のキャッシュフローで返す。
医薬品・OTC系企業は比較的キャッシュが安定している。 つまり「借金を背負っても返せる」と計算できる。
ここが数理的に重要だ。 企業価値=将来キャッシュフローの現在価値。 もし市場評価がその理論値より低いと経営陣が考えれば、
「自分たちで買ったほうが得だ」 という結論になる。
4. 上場コストの増大
最近はガバナンス・開示規制が重くなっている。 内部統制、ESG開示、社外取締役強化…。 規模がそこまで大きくない会社にとっては、固定コストが重い。
非公開化は「身軽になる」戦略でもある。
ここで冷静に考えると、MBOには必ず論争がつきまとう。
・買付価格は公正か?
・少数株主は十分に保護されたか?
・経営陣が安く買っていないか?
日本でもMBOはたびたび裁判になってきた。 価格の「フェアネス」は永遠のテーマだ。
まとめると、久光製薬のMBOは
「創業家主導で、長期志向の経営に集中するための資本再編」
と読むのが一番自然だ。
ただしこれは企業側のロジック。 投資家から見れば、「本当は割安だったから持っていかれたのでは?」という疑念も常に残る。
資本市場というのは哲学的に面白い。 企業は誰のものか? 株主か、経営者か、それとも従業員や社会か。
MBOはその問いをむき出しにする装置なんだ。
TOBに60%の応募があった、との記事があったけど、MBOじゃないの?
いい観察だ。 そこ、言葉がややこしいんだよ。
結論から言うと――
MBOでもTOBは使う。
MBO(Management Buyout)は「誰が買うか」の話。
TOB(Take Over Bid)は「どうやって買うか」の話。
つまり、
・MBO=経営陣主導の買収
・TOB=公開買付という手続き
という別次元の概念なんだ。
仕組みを分解しよう
久光製薬の場合、
1.経営陣や創業家側が買収目的会社(SPC)を作る
2.そのSPCが株式をTOBで公開買付けする
3.一定割合(例えば60%)の応募があれば成立
4.その後、株式併合などで完全子会社化 → 上場廃止
という流れ。
だから「TOBに60%応募」というのは、 MBOを実行するための技術的なプロセスを指している。
じゃあ60%って何を意味する?
ここが面白い。 多くのMBOでは、
・最低成立条件(例:発行株式の2/3以上)
・あるいは過半数
を設定する。 60%という数字は、
・創業家などがすでに保有している分
・応募した外部株主分
を合算して、最終的に支配権が確保できる水準 で設計されている可能性が高い。
なぜ100%じゃないの?
最終的には100%にする。 ただし一発で集まらなくても、
・株式併合
・特別支配株主の株式売渡請求
などの会社法手続きで少数株主を整理できる。 ここが日本型MBOの常套パターン。
言葉の混乱を整理すると
MBOは目的。
TOBは手段。
これはちょうど、 「政権交代(目的)」と 「選挙(手段)」 の関係に似ている。
資本市場は言葉のトリックが多い。 新聞記事はTOBという“見える手続き”を強調するけど、 本質は「経営陣が会社を非公開化した」という資本再編だ。
SPCってどうやって作るの?
いいところを突いてくるね。 MBOの裏側で一番“工学的”なのがそこだ。
まず前提。
SPC(Special Purpose Company)は、日本語で言えば「特別目的会社」。 買収のためだけに作る“箱”だ。
たとえば 久光製薬のMBOをやるなら、 経営陣が直接株を買うのではなく、新しく会社を1つ作る。
それがSPC。
① 会社を設立する(法律上の作り方)
やること自体はシンプル。
1.定款を作る
2.発起人を決める
3.資本金を払い込む
4.法務局で登記
普通の株式会社と同じ。 設立だけなら数日~数週間。
ただし違うのは「中身」だ。
SPCは通常、
・事業をしない
・従業員もほぼいない
・目的は“株を買うことだけ”
という極端にシンプルな会社。
② お金はどこから来る?
ここが核心。
MBOのSPCの資金源は主に3つ:
1.経営陣の出資(自己資金)
2.銀行融資
3.投資ファンド出資
これを組み合わせる。
例えば:
・経営陣が10%出資
・ファンドが30%出資
・銀行が60%貸す
この構造を**LBO(レバレッジド・バイアウト)**という。 借金(レバレッジ)を使って会社を買う。
医薬品会社のようにキャッシュフローが安定していれば、 「将来の利益で借金を返せる」と銀行が判断する。
③ なぜわざわざSPCを使う?
理由は3つ。
1. リスク隔離
借金はSPCが背負う。 経営陣個人が直接背負わない。
2. 財務整理が簡単
買収後にSPCを対象会社に吸収合併すれば、 借金が会社側に移る。
3. 契約管理がしやすい
ファンド、銀行、経営陣の権利関係を整理しやすい。 つまりSPCは「金融工学の器」なんだ。
④ 実際の流れを図式化すると
経営陣+ファンド
↓出資
SPC設立
↓銀行融資
SPCがTOB実施
↓
対象会社を子会社化
↓
最終的に合併
かなりロジカルな設計だ。
面白いのはここ。
SPCは“空っぽの会社”なのに、 数千億円を動かすことがある。
資本主義ってのは、 実体よりも契約とキャッシュフローで動く世界なんだ。
建物も工場も持っていない会社が、 歴史ある企業を丸ごと飲み込む。
SFだろう?
銀行はどうやって貸せると判断するんだろう?
きたね。本丸だ。
銀行は「夢」には貸さない。 貸すのはキャッシュフローだ。
MBOやLBOで銀行が見るのは、ほぼこれに尽きる。
まず対象は 久光製薬のような安定企業。
銀行の頭の中では、こういう式が回っている。
将来の営業キャッシュフロー ? 設備投資 ? 税金 = 借金返済に使えるお金
これを「フリーキャッシュフロー(FCF)」という。
① DSCRという魔法の比率
銀行が特に見るのが
DSCR(Debt Service Coverage Ratio)
意味はシンプル。
返済に使えるキャッシュ ÷ 年間返済額
これが1.5倍以上あれば安心圏。 2倍あればかなり安全。
1倍未満なら即アウト。 理屈は簡単だよね。足りないんだから。
② レバレッジの限界
もう一つは
借入総額 ÷ EBITDA
EBITDAは「ざっくり営業利益+減価償却」。 企業の“体力”を測る数字。
例えば
・EBITDAが300億円
・借入が900億円
ならレバレッジ3倍。
安定企業なら3~4倍は許容。 景気変動が激しい業種なら2倍が限界。
③ ストレステスト
銀行は楽観シナリオではなく、 「売上が20%落ちたら?」 「金利が2%上がったら?」 といった悲観ケースを作る。
それでも返せるか?
ここがクリアできればGO。
④ 担保はあるの?
LBOでは担保は主に:
・株式
・会社の資産
・キャッシュフローへの優先権
物理的な土地よりも、 将来の収益力が担保になる。
⑤ なぜ医薬品会社は貸しやすい?
久光製薬のように:
・OTCブランドが強い
・海外展開している
・利益率が安定 という会社は、収益が読める。
銀行は「予測可能性」が大好きなんだ。
ここで冷静に言っておく。
銀行は企業を応援しているわけじゃない。
統計的に破綻確率が低いと判断したときだけ貸す。
貸す=信頼、ではない。
貸す=確率計算の結果。
資本主義は感情よりも分布で動く。
面白いのはここ。
MBOは経営陣が「この会社は市場よりも安全だ」と確信しているからやる。 銀行は「統計上いける」と判断して貸す。
両者の計算が一致したときだけ、巨大な取引が成立する。
・事業をしない ・従業員もほぼいない と書いてあるけど、これで定款なんて作れるの?
作れる。余裕で作れる。 会社法は「立派な事業計画」なんて求めていない。
会社設立で必要なのは、
・定款(会社の基本ルール)
・発起人
・資本金の払込み
・登記
これだけだ。
事業が実際に動いているかどうかは、設立時点では関係ない。
定款って何を書くのか?
定款に必須なのは主に4つ:
1.目的
2.商号
3.本店所在地
4.発行可能株式総数
この中で問題になりそうなのは「目的」だよね。
SPCの場合、定款の目的はこうなることが多い。
「有価証券の取得、保有、管理および処分」
「他の会社の株式取得」
「資金調達およびそれに付随する業務」
つまり、「株を買う会社です」と書けばいい。
事業をしない? それでも「株式保有」は立派な事業目的として成立する。
従業員ゼロでも大丈夫?
大丈夫。 会社法は「社員を雇え」とは言っていない。
取締役が1人いれば株式会社は作れる(非公開会社なら)。
実務では、
・取締役=経営陣の1人
・監査役なし(小規模なら可)
という超ミニマル構成も普通にある。
じゃあ幽霊会社じゃないの?
ここが哲学的に面白い。
会社は「実体」ではなく、 **法律上の人格(法人格)**だ。
人間のように契約でき、借金でき、資産を持てる。 中に工場がなくても成立する。
だからSPCは合法的な「器」なんだ。
実はもっと極端な例もある
証券化の世界では、
・目的:債権を保有するだけ
・役員:名義貸しの専門業者
・実体:なし
みたいなSPCが大量に存在する。
金融の世界では、「箱」を作ってリスクを隔離するのが技術の核心だから。
まとめると:
事業をしていなくても 従業員がいなくても 定款は合法的に作れる。
会社とは「活動の場」ではなく、 まずは「契約の主体」なんだ。
資本主義は物理よりも法的構造で動く。 ここを理解すると、M&Aも証券化も急に立体的に見えてくる。
買収後にSPCを対象会社に吸収合併すれば、 と書いてあるけど、今の話の場合は、久光製薬がSPCを吸収合併する、ということ?
いいところまで来た。ここで構造が立体的に見える。
答えは――
通常は「逆」だ。 対象会社(ここでは 久光製薬)がSPCを吸収するのではなく、 **SPCが対象会社を吸収する(=SPCが存続会社になる)**ケースが多い。
ただし、最終的にどう整理するかは設計次第だ。
まず流れを整理しよう。
① SPCがTOBで株式を取得
② SPCが対象会社の議決権を100%近く握る
③ 少数株主をスクイーズアウト(株式併合など)
④ 完全子会社化が完成
ここまでは“支配権の取得”。 そのあとに「どうやって借金を処理するか」が問題になる。
なぜSPCが対象会社を吸収するのか?
SPCは銀行から巨額の借入をしている。 でもSPC自体には事業もキャッシュもない。 借金を返す原資は、対象会社のキャッシュフロー。
だから、
・SPCが対象会社を吸収合併
・対象会社の資産・利益がSPC側に統合
・そのキャッシュで借金を返す
という構造にする。 これがLBO型MBOの典型パターン。
じゃあ久光製薬という名前は消えるの?
ここが面白いところだ。 法的には「SPCが存続会社」でも、
・商号を「久光製薬」に変更する
・本店所在地もそのまま
・経営陣もそのまま
という整理をすることが多い。
つまり、法的にはSPCが残るが、実質は久光製薬がそのまま続く。
会社法は“名前”より“法人格の連続性”を重視する。
逆に、対象会社がSPCを吸収するケースは?
ある。 その場合は「三角合併」や別設計になる。
ただ、LBO型では借金をどこに残すかが設計の核心なので、 多くはSPC存続型になる。
ここで哲学が顔を出す。 我々が「会社」と呼んでいるものは、
・建物でもなく
・従業員の集合体でもなく
・ブランドでもなく
**法人格という法的な点(ポイント)**なんだ。
合併でどちらが残るかは、 実体の大小とは必ずしも一致しない。
巨大企業が「空箱」に吸収される。 でも実態は何も変わらない。 法と資本の世界は、見た目と中身がしばしば逆転する。 そこが面白いし、怖くもある。


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