中国の経済がどのぐらい不振なのか、説明できる?
説明できる。結論から言うと、中国経済は「成長が止まった」というより、成長モデルが壊れたまま次のモデルに移れていない状態だ。これは一時的な不況より、ずっと厄介だ。
まず不動産。
中国経済は長年、「不動産+地方政府+金融」の三位一体で回ってきた。不動産会社が土地を買い、地方政府は土地売却収入で財政を回し、銀行はそれを全部支える。ところが恒 大(エバーグランデ)に象徴される過剰債務が破裂し、住宅は余り、価格は下がり、誰も新規購入に踏み切らない。不動産関連はGDPの2?3割を占めていたから、ここが沈む と全身に効く。
次に消費。
中国の個人消費は驚くほど弱い。理由はシンプルで、将来が信用できないからだ。
・不動産はもう資産にならない
・年金や医療への不安が大きい
・失業率、特に若年層が高止まり
こうなると家計は貯蓄に走る。政府が「消費を拡大せよ」と言っても、心理が冷えたままでは動かない。
輸出も以前ほど頼れない。
米中対立でハイテク輸出は締め付けられ、欧米は「中国依存を減らす」方向に舵を切っている。工場はまだ動いているが、儲からない過剰生産が増えている。値下げで数量を捌く ので、企業利益は痩せ細る。
さらに構造問題。
人口はすでに減少局面に入り、高齢化は日本より速いペースで進む。一人っ子政策のツケが、いま一気に来ている。成長のエンジンだった「若くて安い労働力」は、もう存在しな い。
政策対応も歯切れが悪い。
日本なら不況時に大規模財政出動や金融緩和をするが、中国は
・地方政府がすでに借金漬け
・銀行も不動産不良債権を抱える
・中央政府は「規律」を重視してバラマキを嫌う
結果として、景気対策は小出しで、期待を反転させるほどのインパクトがない。
だから現在の中国経済は、 「数字上は成長しているが、体感は不況」 「企業も家計も守りに入り、活力が戻らない」 という、静かな長期停滞の入り口に立っている。
重要なのは、これはリーマンショックのような一発の大崩壊ではない点だ。むしろ日本の90年代に近い、「ゆっくり効いてくる不振」だ。ただし、中国は日本より政治的柔軟性 が低く、社会保障も薄い。その分、調整は荒れやすい。
ここから先の焦点は、
・国家主導でどこまで新産業(EV、半導体、AI)に賭けられるか
・国民に「将来は大丈夫だ」と信じさせられるか
この二つに尽きる。経済は数字より、信頼で動く生き物だからね。
日本の80年代バブル崩壊と同じような事件は、すでに起こっているのかな?
結論から言うと、日本の80年代バブル崩壊に「相当する事件」は、中国ではすでに起きている。ただし、形がまったく違う。
日本の場合は、はっきりした瞬間があった。 1990年の日銀の金融引き締め、株価暴落、地価下落。新聞の一面が一斉に踊り、誰の目にも「終わった」と分かる断層が走った。いわば派手な雪崩だった。
中国は違う。こちらは静かな氷河崩壊だ。
中国版「バブル崩壊イベント」の中心は、不動産だ。 恒大集団、碧桂園など巨大デベロッパーの事実上の破綻、住宅の未完成問題、価格下落、販売急減。これは日本で言えば「山一證券が消え、都市銀行が連鎖破綻した」レベルの衝 撃に近い。だが、中国では国家が音を吸収する。倒産は整理され、ニュースは薄まり、時間に引き延ばされる。
株式市場も似ている。
日本のバブルは株と地価が同時に弾けた。中国では株はすでに長期低迷に入り、国策資金が買い支える局面が何度もあった。暴落は起きるが、底が抜ける前に国家が手を突っ込む 。これが「一日で終わる大事件」を作らない。
金融機関についても同様だ。
日本は不良債権処理を先送りし、90年代後半に一気に噴き出した。中国は地方銀行や信託会社を小刻みに救済・統合し、問題を見えにくくしている。処理は進んでいるが、痛み は薄く長い。
決定的な違いは、政治だ。
日本では「価格が下がること」を止められなかった。 中国では「下がりすぎないように管理する」ことができる。 ただし、これは魔法ではない。価格を凍らせれば、取引量が死ぬ。市場は生き残るが、活力を失う。
だから問いへの答えはこうなる。 日本型バブル崩壊は、中国では「事件」としては起きていない。だが、プロセスとしてはすでに始まり、しかも後戻りできない段階に入っている。
日本は崩壊後に「まだ成長できるはずだ」と信じ続け、政策判断を誤った。中国は逆で、「成長を多少犠牲にしても統制を守る」と腹を括っている。その違いが、見た目の安定と 、内側の停滞を生んでいる。
面白いのは、結果が似てくる可能性がある点だ。 低成長、資産デフレ、若者の将来不安、企業の守り。 ただし中国版は、より管理され、より息苦しい。
バブルは派手に割れるとは限らない。 割れた音がしないまま、いつの間にか「夢だった」と気づく。中国で起きているのは、まさにその種類の出来事だ。
直感はかなり鋭い。日本型の停滞に入ったなら、不良債権処理を徹底しない限り回復はない。これは経済史のほぼ定理だ。 ただし、中国はその定理を「別解で回避できる」と信じて動いている。結論から言うと、処理は進んでいるが、徹底的ではない。意図的に“やり切らない”設計だ。
日本の90年代を思い出そう。 不良債権を先送りし、銀行も企業もゾンビ化し、結果として10年以上の低成長を招いた。その反省から出てくる教訓は、「早く、痛みを出し切れ」だ。
中国はこの教訓を知っている。だから何もしないわけではない。 実際にやっていることは三つある。
まず、破綻の分散化。
巨大破綻を一気に出さない。恒大も「倒産!」とは言わず、資産切り売り、事業分割、国有企業による吸収で時間を稼ぐ。地方銀行や信託会社も、合併・整理・預金保護で静かに 処理する。表に出るショックを極小化する作戦だ。
次に、帳簿の付け替え。
不動産会社や地方政府の債務を、国有銀行や政策金融機関に移す。地方政府融資平台(LGFV)の債務を長期債に借り換え、金利を下げる。問題は消えないが、返済期限を未来 に飛ばす。
三つ目が、損失の社会化。
銀行の利益圧縮、事実上のインフレ税、国有企業の低収益化。誰が損をしたのか分かりにくい形で、国全体に薄く広く負担させる。派手な公的資金注入はしない。
ここが日本との決定的な違いだ。 日本は最終的に「金融庁が査定し、資本注入し、膿を出す」道を選んだ。中国は「膿を凍らせて体温を下げない」道を選んでいる。
なぜ徹底できないのか。理由は明確だ。
・一気に処理すると失業が跳ねる
・地方政府が連鎖的に破綻する
・社会不安が政治リスクに直結する
中国共産党にとって、経済効率より社会安定の方がはるかに重い。
だから現状を正確に言うと、 不良債権処理は「進んでいる」が、「終わらせる気はない」。
この戦略の帰結は、日本と似ている。 信用創造が弱り、銀行は貸したがらず、企業は投資しない。違うのは、失業や破綻が表に出にくい分、閉塞感が長引くことだ。
経済は外科手術に似ている。 一気に切れば痛いが治る可能性がある。切らなければ痛みは少ないが、病気は慢性化する。中国は後者を選んだ。その選択は合理的でもあり、同時に成長放棄の宣言でもある。
不良債権処理は「進んでいる」が、「終わらせる気はない」、って言うけど、それだといつまで経っても経済回復できないんじゃないの?
その懸念は正しい。「終わらせない不良債権処理」は、原理的に景気回復を遅らせる。これはほぼ物理法則に近い。ただし、中国は「回復しないこと」を前提に、別のゴールを置 いている。
まず、経済の仕組みとして何が起きるか。 不良債権を完全に切らないと、銀行は常に守りに入る。貸出は国策分野に偏り、民間の新規事業には金が回らない。企業は延命されるが、成長投資はしない。結果、低成長が常態化する。ここは避けられない。
日本も同じ道を通った。ただ、日本は「いつか元の成長に戻る」と期待して迷走した。中国は違う。中国はその低成長を受け入れる設計を始めている。
中国共産党にとっての目標は三つしかない。
一つ、失業の爆発を防ぐ。
二つ、金融システムを壊さない。
三つ、党支配を揺るがさない。
GDP成長率は、その後だ。
だから「経済回復」という言葉の定義が違う。 市場経済的な意味での回復──民間が活発に投資し、所得が伸び、消費が回る状態──これは後景に退いている。代わりに目指しているのは、 **「低成長だが管理可能な均衡」**だ。
ここで重要なポイントが一つある。 中国には、日本が90年代に持っていなかった武器がある。資本規制だ。 資本移動を管理できるので、低成長でも通貨や金融が一気に崩れにくい。国民が不満でも、資金を海外に逃がすには壁がある。これは停滞を「持続可能」にしてしまう。
もう一つは、政治の時間感覚。 民主国家は選挙で「早く結果を出せ」と迫られる。中国共産党は10年、20年単位で「耐える」選択ができる。成長率が3%でも、社会が静かならOK、という判断が可能だ。
だから答えはこうなる。 経済は長く回復しない。だが、体制は長く持つ可能性がある。 これは失敗というより、価値関数が違うだけだ。
ただし、この均衡は脆い。 若者の希望が失われ、出生率が下がり、イノベーションが枯れると、管理できるはずの低成長が、ある日「管理不能な停滞」に変わる。その境界線は見えにくい。
経済を完全に治す手術をしない代わりに、鎮痛剤を打ち続ける。痛みは抑えられるが、体力は少しずつ落ちる。中国が選んだのは、その長期戦だ。
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ということは習近平の「共同富裕」というのは、掛け声だけのスローガンにすぎないのかな?
かなり核心を突いている。その理解は半分正しく、半分はもう一段深いところにある。
まず率直に言うと、「共同富裕」は経済成長を回復させるための実効的プランではない。再分配の制度設計が具体化されたわけでも、社会保障が劇的に拡充されたわけでもない。 税制改革も中途半端だ。そういう意味では、掛け声としての性格は非常に強い。
ただし、「中身がないスローガン」かというと、そこは違う。
「共同富裕」が本当にやっている仕事は、経済政策ではなく政治的な意味付けの再定義だ。 これまで中国社会には暗黙の契約があった。 「党が統治する。代わりに国民は豊かになる」 この交換条件が、経済減速で成立しなくなった。そこで習近平は契約を書き換えに来た。
新しい契約はこうだ。 「爆発的に豊かになる時代は終わった。だが、極端な不公平は許さない。だから我慢しろ」 これを正当化する言葉が「共同富裕」だ。
実際に起きたことを見ると分かりやすい。
・IT企業や教育産業への強烈な規制
・富裕層や企業への“自発的寄付”の圧力
・贅沢や拝金主義への文化的締め付け
これらは格差を縮める制度というより、富の集中を政治的に抑え込む装置だ。
問題は、これが経済と相性が悪いことだ。 企業家精神は「成功してもいい」という前提で育つ。「成功すると叩かれる」社会では、挑戦は減る。結果として、成長も鈍る。共同富裕は、格差の爆発を防ぐことはできても、 富を増やす力は持たない。
つまり位置づけはこうなる。 「共同富裕」は、
・経済回復のエンジンではない
・格差是正の制度でも未完成
・体制転換期の精神安定剤
この三つを兼ねた概念だ。
皮肉なのは、日本の「一億総中流」と似た響きを持ちながら、前提が逆な点だ。日本は成長の果実を広く分けた。中国は成長が鈍る中で、果実の取り分を抑制しようとしている。
だから「共同富裕」は嘘ではないが、希望でもない。 それは「これ以上うまい話はない」という現実を、イデオロギーで包んだ言葉だ。経済の問題を、意味の問題にすり替える。政治が苦しいときによく使われる、古典的だが効き目 のある技法でもある。
中国の未来を読むとき、この言葉を信じる必要はない。観察すべきなのは、制度と人の行動だ。スローガンは風向きを示す旗であって、船を前に進めるエンジンではない。
去年のゴールデンウィークに中国に行ったけど、普通に見えたけどね。人々が経済的に苦しくて仕方がない、という風には見えなかった。不動産関係者や金融関係者に会っていな いから、そう思うのかな?
その感覚はとても自然だし、むしろ現地を見た人ほどそう感じやすい。中国の今の不況は、「街を歩けば分かるタイプ」ではない。
まず前提として、中国経済の不調は分野偏在型だ。 痛みが集中しているのは、不動産、建設、地方財政、金融の一部、そして新卒・若年層だ。観光、飲食、交通、日常消費は「普通」に動いている。だからゴールデンウィークに行 けば、混雑していて当たり前だ。
次に、中国人の生活防衛能力が高い。 貯蓄率が高く、家族単位で支え合う。加えて、失業しても「完全に路頭に迷う」前に親族ネットワークが吸収する。これは外から見ると、苦しさが見えにくい最大の理由だ。
さらに重要なのが、見せ方の問題。 中国の都市は「平時の顔」を保つのがうまい。公共交通は止まらない。治安も維持される。露骨なホームレス問題が表に出にくい。日本や欧米のように、社会の綻びが可視化され にくい構造になっている。
もう一つ、時間差。 不動産不況のダメージは、すぐには生活に来ない。
・住宅を買えない
・昇給が止まる
・転職が難しくなる
こういう形で未来をじわじわ削る。今日の食事や旅行はできるが、5年後の展望が消える。街の風景は変わらないが、若者の会話は変わる。
そして指摘の通り、会う相手でも印象は激変する。 不動産仲介、建設会社、地方政府関係者、金融機関の中堅以上。このあたりと話すと、空気は一気に重くなる。「案件がない」「返済を延ばしている」「誰も責任を取りたがらな い」という言葉が頻出する。
最後に、観光客の視点の盲点。 都市部の一級立地は、最後まで持つ。上海、北京、深セン、杭州の中心は、経済が悪くても賑わう。問題は二線三線都市と郊外だが、旅行者はまず行かない。
だから整理するとこうなる。 中国は「生活が壊れている国」ではない。 「将来が詰まり始めている国」だ。 それは旅行では見えにくい。むしろ、長く住む人、就職や住宅購入を考える人、資金繰りを考える人にだけ、じわじわ効いてくる。表面が普通だからこそ、内部の停滞は長く続く 。これは日本の90年代前半と、かなり似た景色でもある。
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そんなに経済がボロボロなら、台湾侵攻に繰り出す余裕は無いはずだよね?
直感としてはとても健全だ。「経済が弱っている国に、大規模侵攻の余裕はない」──これは軍事史の基本原則でもある。 ただし、中国の場合はその原則が半分しか当てはまらない。そこがややこしい。
まず、あなたの言う通りの側面。 台湾侵攻は、想像以上に金がかかる。 兵站、制空・制海、サイバー、長期占領、制裁耐性。しかも失敗した場合のコストは国家の存亡レベルだ。 中国経済は今、
・不動産不況
・地方財政の疲弊
・若年失業
・民間投資の冷え込み
を同時に抱えている。平時の巨大戦争を回す余力は確実に落ちている。この意味では、「今すぐ全面侵攻」は合理的ではない。
しかし、ここで話が反転する。
経済が弱っているからこそ、戦争が政治的に誘惑的になる局面がある。 これは危険な話だが、歴史的事実だ。
独裁体制では、
・経済成長による正当性が弱まる
・国内不満が溜まる
・責任の所在を外に向けたくなる
この三点が揃うと、「民族主義カード」が浮上する。台湾は、そのカードとして極めて分かりやすい。
重要なのは、侵攻=全面上陸戦だけではないことだ。 中国が取り得る選択肢は段階的だ。
・軍事演習の常態化(事実上の封鎖)
・経済・サイバー圧力
・限定的な衝突や離島奪取
・台湾の政治・社会を疲弊させる長期戦
これらは、全面侵攻よりはるかに安く、国内向けには「強い中国」を演出できる。
もう一つ、軍事と経済の時間感覚の違い。 経済は年単位で悪化するが、軍事的決断は「今が最後の窓だ」という認識で一気に動くことがある。 少子化、技術封鎖、同盟網の強化。これらを見て、「10年後はもっと不利だ」と判断すれば、経済が弱っていても賭けに出る、という論理は成立してしまう。
だから答えはこうなる。 中国は、平時に台湾を全面侵攻する余裕はない。 だが、危機管理を誤れば、限定的・段階的な軍事行動に踏み切るリスクは消えていない。
経済がボロボロだから安全、とはならない。 むしろ危険なのは、 「経済で勝てないが、時間も味方しない」 と指導部が感じた瞬間だ。
戦争は、余裕がある国より、追い詰められた国が始めることの方が多い。台湾情勢を読むときは、中国経済の弱さを「抑止力」と同時に「不安定化要因」として見る必要がある。