原発廃絶へのロードマップ2-自然エネルギー

廃炉のコストが大きすぎる、ということではないの?
結論から言うね。 廃炉コストは確かに巨大。でも「大きすぎて無理」ではなく、「誰が、いつ、どう払うかを曖昧にしてきた結果、怖く見えている」。
まず、なぜ“巨大”に見えるのか。 廃炉費用は数千億円規模と言われる。福島第一の事故炉は別格で、兆単位になる可能性もある。数字だけ見ると、国家予算級に感じる。
でも、ここで一度、視点を引いてみよう。 原発は40~60年使う前提で建てられ、**廃炉費用は最初から「含みコスト」**のはずだった。 問題は、日本では長年、
・廃炉費用の見積もりを楽観的に置く
・将来に先送りする
・電気料金に薄く埋め込んで見えなくする
ということをしてきた点だ。
だから、いざ廃炉が現実になると、 「突然、莫大な負債が出現した」ように見える。 実態は、ずっとそこにあった請求書だ。
では、本当に払えないのか。 日本の電力消費量と期間で割ると、 廃炉費用は「1kWhあたり数円以下」に分散できる。 毎月の電気代に換算すると、数百円レベルだ。 これは感情的には重いが、国家として破綻する数字ではない。
さらに重要なのは、比較対象だ。
・原発を続けるコスト(安全対策、事故リスク、廃棄物)
・火力依存のコスト(燃料輸入、為替、CO2)
廃炉だけを単独で見ると高く見えるが、他の選択肢も無料ではない。
もう一つ、見落とされがちな点。 廃炉は「消費」じゃなく、雇用と技術を生む投資でもある。 20?40年にわたる仕事が生まれ、ロボット、材料、放射線管理技術が蓄積される。 これは輸出できる知見にもなる。
本当に危険なのは、 「高いからやらない」でも 「高いけど勢いでやる」でもない。 高い理由と支払い設計を説明しないことだ。
結局、廃炉コスト問題の正体は、 財政の問題というより、透明性と責任配分の問題なんだ。
原発は、 建てるときは夢を語り、 やめるときは現実を語らなかった。 そのツケが、今まとめて見えているだけだ。
廃炉コストが重いからこそ、
・これ以上増やさない
・先送りせず、今から管理する
という判断に、むしろ合理性がある。 高いかどうかではない。 払う覚悟を、いつ持つかの話だ。

再エネを増やす努力は、続けられているのかな?

短く言うと、「続いてはいる。でも“惰性で前進、覚悟で加速”までは行っていない」。これが一番正確な表現だと思う。

事実として、日本の再エネは増え続けている。 太陽光はすでに「当たり前の電源」になり、自治体や企業も脱炭素を看板に掲げるようになった。送電網や洋上風力の議論も、昔よりは現実味を帯びている。だから「止まってい る」わけではない。

ただし、ここが重要だ。 増え方は、問題が起きない範囲で、波風が立たない速度に強く制限されている。

今の日本の再エネ政策は、性格としてこうだ。

・原発も否定しない

・火力も急には減らさない

・再エネは「入る分だけ入れる」

これは安定志向としては理解できるけれど、構造転換を起こす力は弱い。

一番わかりやすい兆候が、「詰まり」だ。

・つくれるのに送れない

・余るから止める

・系統接続に何年も待たされる

これは努力不足というより、努力の向きがズレているサインなんだ。

再エネを増やす努力は、 発電そのものには向いてきた。 でも本当に必要なのは、

・送電

・蓄電

・需要調整

という、目立たない地味な部分。ここは政治的に点が取りにくいから、どうしても遅れる。

もう一つ、努力が続きにくい理由がある。 再エネは、成功しても「事件にならない」。 停電しなかった、燃料価格の影響を受けなかった、CO?が少し減った。 どれもニュースにならない。 政治家にとっては、報われにくい努力だ。

だから現状は、 「誰も反対しない範囲では進むが、 誰かが責任を取る決断までは行かない」 この中間地帯にいる。

希望があるとすれば、ここだ。 エネルギー価格の高騰、地政学リスク、円安。 これらはすべて、再エネを増やさないことのコストを可視化している。 理想論ではなく、家計と安全保障の話になりつつある。

結局、再エネの努力が「続くかどうか」を決めるのは、 技術でも国民意識でもない。 続けない方が損だ、という計算式を政治が受け入れるかどうかだ。

今はまだ、惰性で続いている段階。 ここから「覚悟を持って続ける」段階に移れるかどうかで、 2040年の日本の電力風景は、まるで別物になる。

太陽光パネルが増えすぎて環境が悪くなった土地もあるらしいね?どうやって解決したらいいのかな?

それは事実だし、ここをごまかすと再エネは信用を失う。 結論を先に言うと、**問題は太陽光そのものではなく、「場所とルールを間違えたこと」**だ。

何が起きているか。 山林を削り、斜面を切り、排水も不十分なままパネルを並べる。結果、

・土砂災害リスク

・景観破壊

・住民との対立

が起きる。これは再エネというより、無秩序な土地開発の失敗例だ。

では、どう解決するか。方向は三つある。

一つ目。「新しい場所」をやめる これからの太陽光は、山を削らない。

・屋根

・駐車場(ソーラーカーポート)

・工場

・倉庫の上

・高速道路や堤防

つまり、すでに壊れている空間を使う。 これだけで、潜在量は相当ある。

二つ目。立地規制をエネルギー政策に組み込む 太陽光を「環境に良いから無条件でOK」にしない。

・傾斜地の制限

・保水・排水設計の義務化

・撤去費用の事前積立

開発許可を、環境影響とセットで出す。 これは再エネ推進と矛盾しない。むしろ再エネを守るルールだ。

三つ目。「雑に作ったもの」を片づける覚悟 すでに問題を起こしている案件は、

・改善命令

・是正できなければ撤去

を制度として可能にする。 「既存だから仕方ない」を許すと、同じことが繰り返される。

ここで大事な視点がある。 再エネは「善」だから許される、という発想を捨てること。 善意でも、乱暴な実装は害になる。

太陽光は、

・適切な場所

・適切な規模

・適切な管理

で使えば、環境負荷は極めて小さい。 逆に、それを守らなければ、どんな技術も凶器になる。

だから解決策は、 「太陽光を減らす」ではなく、 **「太陽光をちゃんと扱う社会になる」**こと。

再エネの信頼は、発電量ではなく、 風景と暮らしを壊さないことで守られる。 そこを乗り越えられるかどうかが、次の10年の分かれ道だ。



太陽光パネルも、劣化したものを処分する方法が、難しいんじゃないの?

その心配も、かなり正確だ。 結論を先に言うと、「技術的には処分できる。制度的には、まだ“雑に扱われる余地”が残っている」。だから今のまま放置すると問題になるし、手当てをすれば管理可能になる 。

まず事実関係から。 太陽光パネルは永久機関じゃない。寿命はだいたい20?30年。 中身は、

・ガラス(大半)

・アルミ枠

・シリコン

・微量の銀や銅

が中心で、理論上はリサイクル可能だ。日本でも、ガラス分離や金属回収の技術はすでにある。

では、なぜ「難しい」と言われるのか。理由は三つある。

一つ目。コストが見えにくい 廃棄・リサイクルにはお金がかかる。 これを設置時にきちんと積み立てていない案件が多い。 結果、 「撤去費用が払えない」 「放置される」 という最悪のシナリオが現実味を帯びる。

二つ目。制度が後追い 原発には廃炉ルールがある。 火力にも解体ルールがある。 太陽光は、急拡大したわりに終わり方の設計が遅れた。 善意で始めたものほど、後始末が甘くなりがちだ。

三つ目。悪い事例が全体の信用を削る 不法投棄、管理放棄。 件数は多くなくても、印象は強烈だ。 再エネ全体が「無責任」に見えてしまう。

じゃあ、どう解決するか。方向ははっきりしている。

第一に、設置時点で“墓場”を決める

・撤去費用の強制積立

・処分計画の提出義務

原発と同じ発想だ。 「終わりを決めない発電」は、もはや許さない。

第二に、リサイクルを産業として育てる 廃棄物として扱うとコスト。 資源として扱えばビジネスになる。 銀や高品質ガラスの回収は、技術が進めば十分に採算が合う。

第三に、初期の粗い案件を“負の遺産処理”として片づける 過去の失敗を、未来に引きずらない。 これは再エネを守るためのコストだ。

ここで大事な認識がある。 「太陽光は環境にいいから多少雑でもいい」 これは一番ダメな思想だ。 環境にいい技術ほど、後始末は厳しくあるべき。

太陽光パネルの廃棄問題は、 再エネが「お試し段階」を終えて、 本格的な社会インフラになるための通過儀礼みたいなものだ。

きちんと片づける覚悟を持てば、問題は制御できる。 覚悟を持たなければ、信用を失う。 その分かれ目に、今まさに立っている。

潮力発電はなんで設備コストが高いの?他の発電方式だって、高いでしょう?

いい突っ込みだね。 確かに、発電設備はどれも安くはない。それでも潮力発電が「特に高い」と言われるのには、ちゃんとした理由がある。値段の問題というより、難易度の塊なんだ。

まず決定的な違い。 潮力は、海の中で動く巨大な精密機械を、何十年も働かせる前提になる。

ここが他方式と違う。

太陽光は、

置く → 光る → 電気

基本、動かない。壊れにくい。

風力は、 空気中で回る。 腐食や風はあるけど、点検は比較的やりやすい。

火力・原発は、 高温高圧だけど、 「人が近づける建物の中」で管理できる。

潮力は違う。

・常に塩水(最強の腐食剤)

・強い流れによる疲労

・海生生物の付着

・台風、漂流物

・水中作業の困難さ

つまり、作るのも、直すのも、地獄。

次に、規模の問題。 潮力は、

・一基あたりの出力が小さい

・設置できる場所が限られる

大量生産で安くする、という王道ルートに乗りにくい。 太陽光が安くなったのは、同じものを何百万枚も作れたからだ。

さらに、インフラの重さ。 潮力は、

・海底基礎工事

・送電ケーブル敷設

・港湾設備

が必須。 これ、発電機本体より高いことが普通にある。

じゃあ、なぜ他の高コスト電源と違うのか。 原発や大型火力は、 「一基でドン」と大きい出力が出る。 高いけど、発電量で割ると見かけは下がる。

潮力は、 高い × 小さい × 数が増えない。 これが効く。

ここで重要な比較軸がある。 潮力は「安い電気を大量につくる装置」ではない。 予測可能なリズム電源だ。 月の動きは裏切らない。 この価値は、価格表に表れにくい。

だから、

・主力にするとコスパが悪い

・調整役として使うと、意味が出る

今の技術段階では、 潮力は 「研究と実証を続ける価値は高いが、全国展開する段階ではない」 この位置づけになる。

他の発電方式も高い。 でも潮力は、**高い理由が“構造的”**なんだ。 だから、気合や補助金だけで一気に安くなるタイプではない。

再エネは、 「安いものを増やす」だけでなく、 「高いけど効くものを、正しい場所に置く」 という知性の勝負でもある。

潮力は、その知性を試してくる、ちょっと意地の悪い技術なんだ。

そしたら、潮力発電の

・海洋環境への影響評価が難しい

というのは、どういうことなのかな?

いいところに目を向けている。 「海洋環境への影響評価が難しい」というのは、要するに何がどこまで変わるのかを事前に確信できない、その不確実性が陸上より桁違いに大きい、という話なんだ。

潮力発電は、潮の流れという「もともと存在する巨大なエネルギー」を拝借する装置だよね。ここで問題になるのは、潮流が単なる水の移動じゃない、という点。潮は海の循環装 置で、いくつもの役割を同時に果たしている。

まず、潮流は海の地形と一体化した現象だ。海底の起伏、湾の形、海峡の幅や深さによって、流れ方が微妙に違う。そこにタービンやダム状の構造物を置くと、流速や渦の位置が 変わる。すると、

・砂や泥の堆積場所が変わる

・海底が削られる場所が移動する

こうした地形変化が、数年単位でじわじわ出てくる。実験水槽や短期観測では見えにくい。

次に、生き物の問題。海は「住民」が多すぎる。魚、貝、プランクトン、海藻、微生物まで含めると、誰が何に依存しているかの因果関係が非常に複雑だ。 潮流が弱まると、

・卵や幼生が運ばれなくなる

・栄養塩の混ざり方が変わる

・特定の種だけが増え、別の種が減る

こうした変化は、すぐに絶滅という形では現れない。漁獲量の微妙な変動として数年後に出てくることもある。

さらに厄介なのが、「音」と「振動」。潮力発電のタービンは、風力より低周波の振動を出す。人間にはほぼ無害でも、イルカやクジラのように音で世界を把握する生物には影響 が出る可能性がある。ただし、どの周波数がどの種にどの程度効くのか、まだデータが少ない。

決定打は、比較対象がないこと。太陽光や風力は、すでに膨大な実績があり、「この規模ならこの程度の影響」という経験則がある。でも潮力発電は、設置場所ごとに海の条件が 違いすぎる。ある海峡で問題がなかったからといって、別の湾で安全とは限らない。

だから「評価が難しい」というのは、 技術が未熟というより、自然側が複雑すぎるという意味に近い。 人類はまだ、海を完全に理解していない。その状態で大きな装置を入れると、どんな副作用が出るか断言できない、という慎重さなんだ。

ここが面白いところで、潮力発電は理論的にはとてもクリーンだけど、実装段階で「自然の全体像」を突きつけてくる。エネルギー問題が、結局は自然理解の限界問題でもある、 という好例だね。

・日本沿岸は適地が限られる とあるけど、どういう所が潮力発電の適地なの?

潮力発電の「適地」というのは、地図を見てポンと決められるものじゃない。潮が速いだけでは足りない。いくつかの条件が同時にそろって、ようやく「ここなら現実的かも」と いう場所になる。

まず大前提は、潮流が安定して速いこと。目安としては、常時毎秒2~3メートル以上。川で言えば、増水時じゃなく平常時でも流れが速い場所だ。日本沿岸でこれが期待できる のは、潮が「絞られる」地形、つまり海峡や狭い水道だね。瀬戸内海の一部、関門海峡、鳴門海峡がよく名前に挙がるのはこの理由。

次に重要なのが、流れが往復しても向きが予測しやすいこと。潮は満ち引きで方向が反転するけれど、乱流だらけだとタービン効率が落ちるし、構造物への負荷も増える。適地は 、地形が比較的単純で、流れの主軸がはっきりしている場所になる。

三つ目は、水深がちょうどいいこと。浅すぎると船の航行や景が多い。日本近海は急に深くなる場所が多く、ここで候補が一気に減る。

四つ目は、海底が安定して観に影響するし、深すぎると建設・保守コストが跳ね上がる。だいたい20~50メートル程度が現実的とされるこ といること。岩盤が理想で、砂泥底だと基礎が流されやすい。日本沿岸は火山由来の複雑な地形が多く、場所によっては地震や海底地すべりのリスクも考 えなければならない。

五つ目が、社会的条件。

・主要航路を邪魔しない

・漁業への影響が限定的

・送電網に接続しやすい

この三つを満たす場所は、正直かなり少ない。潮が速い海峡ほど、船も魚も集まりやすいという皮肉がある。

だから「日本沿岸は適地が限られる」という表現になる。日本は潮流そのものは悪くない。でも、 速い潮 × 安定した流れ × 適切な水深 × 強い海底 × 社会的合意 この五重条件を同時に満たす場所が、驚くほど少ない。

面白いのは、世界的な潮力発電の成功例が、カナダやイギリスのように「人が少なく、海が荒れているけど航路が限られる」地域に多いこと。日本は海と人間活動があまりにも密 接すぎる。エネルギー開発の難しさが、地理と社会構造そのものから立ち上がってくる好例だね。


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