高市首相の積極財政の姿勢は、トラスショックに繋がらないのかな?
結論から言うと、条件次第では起きうるが、そのまま直結するわけでもない。トラスショックは「積極財政」そのものより、やり方のまずさが引き金だった。
少し整理しよう。
トラス政権(2022年英国)の何が市場を怒らせたか。 最大の問題は、
・大規模減税を一気に打ち出した
・財源の裏付けがほぼ示されなかった
・財政規律を担保する独立機関(OBR)の検証を飛ばした
・インフレが加速中なのに金融引き締めと真逆の政策をぶつけた
この結果、「英国は借金をコントロールする気がない」というシグナルが市場に伝わり、国債が売られ、ポンドが崩れ、年金基金まで巻き添えを食った。これがトラスショックの 本体。
では高市首相(仮定)の積極財政はどうか。
日本は構造がかなり違う。
・国債のほとんどを円建てで発行
・国内保有比率が高い
・日銀が巨大なプレイヤーとして存在
・慢性的な需要不足とデフレ体質
この点だけ見ると、英国よりはるかに耐性がある。だから「積極財政=即トラスショック」は短絡だ。
ただし、危ないスイッチもちゃんと存在する。
第一に、「財源を軽視する姿勢」。 MMT的な説明を雑に使い、「国債はいくらでも刷れる」と政治家が公然と言い出すと、市場は理屈より空気で動く。理論が正しくても、信頼を失えば負け。
第二に、日銀との緊張関係。 金融政策への露骨な介入、総裁人事を通じた圧力、インフレを無視した財政拡張が重なると、「日本は通貨の番人を壊しにきた」と受け取られかねない。
第三に、使い道の質。 成長投資(人材、科学技術、防災、エネルギー転換)ならまだいい。 しかし、効果の薄いバラマキや、選挙向けの恒久減税を一気にやると、「借金だけ増える国」に見える瞬間が来る。
要するにこういうことだ。 トラスは「市場との対話」を一気に切断した。 高市首相が、
・段階的
・財源説明あり
・日銀との役割分担を尊重
・成長戦略とセット
でやるなら、トラスショック型の崩壊は起きにくい。
逆に、「正しさ」を信じるあまり説明を怠り、勢いで制度を踏み越えると、日本でも“日本版トラスショック”は理論上は起こる。
政治は経済学の試験じゃない。信認という、生き物みたいなものを相手にする技術なんだ。ここを舐めた瞬間、市場は容赦なく牙をむく。
政府がこれ以上国債を大量発行して、その国債は本当に買ってもらえるのかな?そんな大量の国債に、市場性があるんだろうか?
結論から言うと、「買ってもらえるか?」と「健全か?」は別問題で、前者は当面イエス、後者は条件付きだ。国債はパン屋の食パンみたいなもので、常連が多く、しかも中央銀 行という巨大な買い手がいる。ただし、味を落とし続ければ客は黙っていない。
まず「誰が買うのか」。
日本国債の主な買い手は、 銀行、保険会社、年金、そして日銀。 彼らは「儲かりそうだから」だけで買っているわけじゃない。 規制上の要請、運用上の安全資産需要、決済・担保用途――つまり使い道が確定している。この点で、日本国債は今も“市場性”がある。
次に「大量発行で市場が壊れないのか」。
量そのものより、発行の意味づけが重要だ。
・景気安定や成長投資のため
・税収増につながる可能性がある
・中期的な財政見通しが説明されている
この三点がそろえば、発行額が増えても市場は比較的冷静だ。
問題は、 「とにかく刷る」「とにかく配る」「後は知らん」 という態度が見えた瞬間。市場は数字より姿勢を見る。
では「市場性が失われる」って何が起きるか。
国債が売買されなくなる、というより、
・長期金利が急に跳ねる
・入札が不調になる
・短期は日銀しか買わない歪な市場になる
こうした兆候が積み重なる。市場は静かに壊れる。音はしないが、床が抜ける前兆はある。
ここで日銀の存在が出てくる。
日銀が最後の買い手として控えている限り、「売れない」事態は回避できる。 だがそれは同時に、価格形成が歪むという意味でもある。市場性は「あるか・ないか」ではなく、「どれだけ自然か」なんだ。
だから本質的な問いはこうなる。 「国債は買われるか?」ではなく、 「民間が“納得して”買っているか、それとも“押し付けられて”買っているか」。
前者ならまだ余裕がある。 後者に傾きすぎると、円安・インフレ・金利上昇のどれかが、必ず形を変えて顔を出す。
日本はまだ前者の領域にいる。ただし無限ではない。 国債市場は忠誠心では動かない。信用という、非常に気難しい燃料で走っている。燃料が切れる前に、運転の仕方を考える必要がある。
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日銀は債務超過になっても大丈夫なの?
日銀は今、国債の利払いを受け取りつつ、当座預金に利息を払っている。 俺もここが気になるんだよね。国債より当座預金の方が、短期であるケースが多いんじゃないの?つまり当座預金への利払いの方が、利子収入よりも膨らむスピードが速いんじゃ ないのかな?
そこ、核心を正確に突いている。直感はかなり鋭い。 結論を先に言うと、その通りで、構造的にそうなりやすい。日銀はいま「長期・固定収入 × 短期・変動支出」という、金利上昇局面でいちばん嫌われるバランスシートを抱えている。
少し噛み砕こう。
日銀の資産の主役は長期国債だ。 ゼロ金利・低金利の時代に大量購入した国債は、利回りが低く、しかも満期まで固定。利子収入はゆっくり、ほぼ動かない。
一方、負債側の当座預金はどうか。 これは事実上、超短期・変動金利。政策金利を上げれば、ほぼ即座に利払いが増える。 しかも残高が巨大。量的緩和の置き土産だ。
だから何が起きるか。
金利が上がると、
・国債の利子収入 → ほぼ据え置き
・当座預金への利払い → すぐ増える
結果、利ざやが一気に逆転する。 これは民間銀行なら「死亡フラグが立った」と言われる構図だ。
実際、日銀自身もここを一番警戒している。 だから急激な利上げは避け、段階的にしか動けない。これは「景気配慮」だけじゃなく、自分の財務体質の問題でもある。
ただし、ここで一線を引いておく必要がある。
日銀はこの逆ザヤで「倒れる」わけではない。 赤字は将来の収益で相殺できるし、評価損は満期まで保有すれば消える。 だが、赤字が続くという事実そのものが、政治と市場の神経を逆なでする。
特に厄介なのは時間軸だ。 当座預金金利は「今日から効く」。 国債の利回りが上がるのは、「何年もかけて」。 この非対称性が、君の言う「膨らむスピードの差」そのものだ。
だから今の日本の金融政策は、学術的には正しく見えても、 実務的には「割れ物を運ぶような慎重さ」を要求されている。
まとめるとこうなる。 日銀は、
・短期に利払いが増え
・長期に利子収入が追いつく
までの空白期間をどう耐えるか、という勝負をしている。
中央銀行のバランスシートは、静的な帳簿じゃない。時間が主役の物語だ。 君が引っかかったポイントは、その物語のいちばんスリリングな場面にある。
植田総裁の考え方を一言で要約すると、
**「空白期間は“潰しに行く”ものではなく、“やり過ごす”もの」**だと思っていい。英雄的に逆ザヤを解消しに行く発想は、かなり意図的に避けている。
まず前提として、植田総裁はこの構造を最初から分かっていて引き受けた人だ。学者として、
・長期固定資産
・短期変動負債
・金利正常化で逆ザヤが出る
この三点を見落とす可能性はほぼない。だから彼の政策運営は、「どうすれば赤字を出さないか」ではなく、**「赤字が出ても市場を動揺させないか」**に軸足がある。
彼の耐え方は、だいたい三層構造になっている。
一つ目は、時間稼ぎ。 急激な利上げをしない。政策金利を上げても、段階的・予告付き・慎重。 これは景気配慮という顔をしているが、同時に 「当座預金金利の支払い爆発を防ぐ」 という日銀自身の防御でもある。 空白期間を短縮するより、薄く長く引き延ばす発想だ。
二つ目は、会計は静かに処理する。 日銀は評価損を前面に出さないし、赤字になっても「異例だが問題ない」という技術的説明に徹する。 国庫納付金が止まっても、大騒ぎしない。 つまり、ドラマ化しない。市場は数字より物語に反応するからだ。
三つ目が、いちばん植田色が強い。 「出口はある」と言い続けるが、期限は切らない。 出口戦略を示せと迫られても、
・条件が整えば
・データ次第で
・持続的な物価と賃金を確認してから
と、常に条件文で話す。 これは優柔不断ではなく、期待の暴走を防ぐ技術だ。
植田総裁は、中央銀行を「強い意思で市場をねじ伏せる存在」だとは考えていない。 むしろ、 市場と神経を共有しながら、発作を起こさせない医師 みたいな役割観に近い。
だから、空白期間への答えはこれになる。
・一気に乗り越えない
・耐えられる速度まで落とす
・赤字を“事件”にしない
・政府に補填させる構図を作らない
派手さはゼロだが、失敗の確率を最小化する設計だ。
金融史を見ても、中央銀行が壊れるのは、数字が悪化したときじゃない。 「自分はコントロールできている」という語りに失敗したときだ。 植田総裁は、その語りを何より重く見ている。ここが、彼が“静かな総裁”である理由だ。
とりあえず、債務残高の対GDP比が増える一方でなければ、世界の経済専門家たちも静観してくれるのかな?
概ねその理解でいい。対GDP比が「爆発コース」に入っていなければ、世界の専門家は基本的に静観する。ただし、数字だけを見ているわけではない。彼らは数字の“向き”と “物語”を同時に読む。
まず王道から。
債務残高の対GDP比は、世界共通語だ。 これが
・上昇が止まる
・横ばいになる
・ゆっくり下がる
このどれかに見えれば、「この国は制御を失っていない」と判断される。 日本は水準が高すぎるが、長年“安定して高い”。この一点が、異様だが致命傷になっていない理由だ。
専門家が本当に恐れるのは、 名目GDP成長率 < 名目金利 が恒常化すること。 この関係が逆なら、多少赤字を出しても比率は自然に落ち着く。 逆転した瞬間、「あ、これは雪だるま式だな」と空気が変わる。
次に、数字以外のチェック項目。
一つ目は、政治の言葉遣い。 「財政規律はもう古い」「国債はいくらでも刷れる」 こういうフレーズが常用され始めると、比率が安定していても警戒灯が点く。
二つ目は、中央銀行の立ち位置。 日銀が「政府を支えるために買っている」ように見えたらアウト。 「物価安定のためにやっている」が保たれていればセーフ。
三つ目は、成長の中身。 名目GDPが伸びていても、
・一時的な円安インフレ
・エネルギー価格要因
だけなら評価は低い。 賃金、投資、生産性が絡んで初めて「持続的」と見なされる。
だから答えはこうなる。
対GDP比が増え続けないことは、必要条件。 でも十分条件ではない。
専門家たちは、 「この国は、いつ・どの言葉を使い・どんな順序で政策を出しているか」 を異様なほど細かく見る。 財政は数学であり、同時に文学だ。
日本は今のところ、
・数字はギリギリ静観ゾーン
・物語はまだ信用圏内 にいる。
この均衡が崩れるのは、危機が起きたときより、慢心したときだ。経済史は、その瞬間を何度も見てきた。
そこも、かなり重要な勘所だ。 結論から言うと、「自分は日本国債を持っていないから関係ない」という立場の人ほど、むしろ早く警戒する。静観する理由にはならない。
なぜか。
世界の経済ウォッチャーの多くは、 ファンドマネージャー、中央銀行関係者、国際機関、格付けアナリスト、学者。 彼らの仕事は「当たる賭けをする」ことより、システムの歪みを早く見つけることだ。
日本国債を直接持っていなくても、日本は
・世界最大級の債務国
・巨大な対外純資産国
・円は基軸通貨に準ずる存在
・金融市場の巨大なハブ
という「構造物」だ。ここが不安定になると、他の市場まで揺れる。だから他人事じゃない。
もう一段深い理由がある。
「日銀が政府を支えるために買っている」と見えると、 警戒されるのは国債そのものより、円という通貨の物語だ。 通貨は保有されていなくても、
・為替
・貿易
・エネルギー価格
・新興国への資金フロー
に波及する。 円が不安定になると、世界中の価格シグナルが狂う。
だからウォッチャーは、 「危険に見えるかどうか」ではなく、 **「悪い前例にならないか」**を見る。
もし日本が、 「財政が苦しいから中央銀行が無制限に支えます」 を事実上やり通せば、 他国も真似る。 そうなると、金融秩序が壊れる。 彼らはそれを一番嫌う。
ここで重要な点。 市場は、 「みんなが売らなくても危機は起きる」 という性質を持つ。
一部の為替トレーダーが円を売り、
一部の企業がヘッジを厚くし、
一部の中央銀行が準備通貨の配分を少し変える。
それだけで、空気は変わる。
だから答えはこうだ。
直接運用していなくても、危険な物語が立ち上がれば十分アウト。 市場は投票じゃない。全員一致は不要だ。
日本は「買われなくなる」前に、「語られ方が変わる」ほうが先に来る。 経済の怖さは、そこにある。
もし不安が強くなると、具体的に円がどう危なくなるの?
円が危なくなる、というのは「ある日いきなり紙切れになる」話ではない。もっと厄介で、静かに効いてくる形で起きる。しかも段階的だ。だからこそ見逃されやすい。
まず第一段階。円安が“構造的”になる。 不安が強まると、為替市場はこう読む。 「日本はインフレが来ても、金利を上げにくい」 「財政と金融が絡みすぎている」 すると短期の投機ではなく、中長期の資金が円を避け始める。 この円安は、イベントが終わっても戻らない。戻らない円安は、輸入物価をじわじわ押し上げ、生活コストに染み込む。
第二段階。インフレの質が悪くなる。 円安インフレは、賃金が伴わないことが多い。 エネルギー、食料、原材料が先に上がり、 実質賃金が削られる。 ここで人々は「物価は上がるのに、給料は増えない」という学習をする。 これが定着すると、インフレ期待が歪む。健全な需要主導ではなく、通貨不信主導のインフレに近づく。
第三段階。政策の自由度が消える。 円安が進みすぎると、
・本当は景気が弱い
・本当は利上げしたくない
それでも「円を守るため」に引き締めを迫られる。 これは中央銀行にとって最悪の展開だ。 金融政策が国内経済ではなく、為替の顔色で決まるようになる。
第四段階。信認プレミアムが剥がれる。 日本はこれまで、 「多少無理をしても、日本なら大丈夫」 という無形の割引をもらってきた。 国債金利が低く、円が急落しにくかったのは、そのおかげだ。 不安が強まると、このプレミアムが消える。 すると、同じ政策でも反応が何倍も大きくなる。 市場が神経質になる。
最後に、いちばん地味で深刻な影響。
行動が変わる。 企業は海外に資金を置き、 家計は外貨建て資産を増やし、 政府は「外を見る」政策に追われる。 この行動変化は、統計に出る頃にはもう遅い。
重要なのは、ここまで来ても「危機」という見出しは出にくいことだ。 ニュースは「円安進行」「物価高止まり」と書くだけ。 だが内側では、通貨としての使い勝手が少しずつ悪くなる。
円の危機は、爆発じゃない。湿気だ。 気づいたときには、火がつきにくくなっている。 だから中央銀行は、数字以上に「不安が物語になるか」を恐れる。そこが本当の防衛線なんだ。
結論を先に言うと、進んでいる部分はある。ただし「不可逆の段階」までは行っていない。いまの日本は、危機の坂を転げ落ちているというより、傾斜に気づいたところに近い。
どこまで来ているかを、冷静に切り分けよう。
まず、すでに起きていること。
円安が「一時的イベント」ではなく、戻りにくい性質を帯びてきたのは事実だ。 金利差だけで説明しきれない円安が続くと、市場はこう学習する。 「日本は、多少円が弱くなっても政策を大きく変えない」
その結果、
・企業が外貨建て資産を厚くする
・家計の外貨投信が増える
・為替ヘッジコストを織り込んだ行動が常態化する
これはまさに、君が言うプロセスの初期段階だ。派手ではないが、行動が変わり始めている。
次に、まだ起きていないこと。
致命的なのは、
・急激な国債金利上昇
・入札不調の常態化
・制御不能なインフレ期待
・「日銀が政府の財布だ」という国際的コンセンサス だが、ここまでは到達していない。
物価も、まだ「通貨不信型インフレ」と断定できる水準ではない。 賃金は遅いが、完全に切れてはいない。 つまり、市場は疑い始めているが、断罪はしていない。
重要なのは、今がいちばん政治的に危うい局面だという点だ。
この段階では、
・何も起きていないように見える
・だから強い言葉が使われがち
・「まだ大丈夫」が口癖になる
歴史的に、一番判断を誤りやすい。
専門家や市場参加者は、いま日本をこう見ている可能性が高い。 「壊れそうではないが、扱いにくくなってきた」 この評価は、売りでも買いでもなく、距離を取るという行動につながる。これが一番やっかいだ。
だから現状は、 危機が進行しているというより、危機に入りうる条件が、少しずつ揃ってきた状態だ。 そしてこの局面で決定的なのは、政策の量より語り方と順序だ。
円はまだ信じられている。 ただし、「無条件で信じられている」段階は終わりつつある。 通貨にとって、この違いは想像以上に大きい。


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