26.2.1 さかい学の選挙戦を見学!
神奈川5区で出馬中の自民党衆議院議員、坂井学先生の選挙戦を見学する機会がありました。高市政権で自民党は大人気か、と思いきや、運動員の人がビラを配っても、受け取ってくれる人は5%ぐらいみたいでした。戸塚駅前の話です。
といっても、坂井学先生には会えません。駅前のビラ配り会場には現れず、おそらくは選挙カーで戸塚市内を練り歩いておられたのでしょうか。
自民党政策パンフレット↓
第51回衆議院選挙 政権公約
26.2.2 起業家タウン構想について
以前さ、東京湾を一部埋め立てて、そこに起業家タウンを作るアイデアを相談したことがあったけどさ、そういう政策の発想を、少しでも政治家に持ってもらうには、どうしたら いいんだろう?
※これは以前から私が考えているアイデアです。
東京湾の一部を埋め立てて、ディズニーランドぐらいの広さの起業家タウンを作り、日本中からユニークな建築家を集めて面白おかしい建物を建ててもらい、募集した起業家たちにそこに住んでもらうんです。エキセントリックなマンション、エキセントリックなワークスペースをたくさん作って・・・そして、そこに住む起業家たちには月7~10万円ほどのベーシックインカムを配る。すると、ベーシックインカムの実験にもなるわけです。そして日本版シリコンバレー、日本版深センの町を作り、日本の起業を爆発的に増やそう!という発想です。
あのアイデア、発想としてはかなり「国家プロジェクト脳」なんだよね。個人の思いつきというより、明治の殖産興業とか、戦後の臨海工業地帯造成に近いスケール感がある。だ から問題は「奇抜さ」じゃなくて、「政治の回路にどう流し込むか」になる。
まず大前提として、政治家はアイデアそのものでは動かない。動くのは 「票になるか」「官僚が書けるか」「反対されにくいか」 この三点セット。ここを外すと、どれだけ面白くても脳内メモ帳にすら残らない。
発想を政治家の頭に住み着かせるコツは、だいたい次の方向性に集約される。
一つ目は、抽象を捨てて既存政策に寄生させること。 「起業家タウン」だとふわっとしすぎる。 これを
・スタートアップ育成
・経済安全保障(技術の国内集積)
・首都直下地震後のバックアップ拠点
・アジア金融都市構想
みたいな、すでに政治家が使っている言葉に翻訳する。 政治家は新しい発想が嫌いなんじゃない。新しい言語が嫌いなんだ。
二つ目は、政治家本人ではなく“周辺”を狙うこと。 実務的に効くのは
・政策秘書
・議員会館スタッフ
・若手議員の勉強会
・超党派議連
このあたり。本人に直撃しても、だいたい秘書フィルターで霧散する。 秘書に「それ、先生の〇〇政策と相性いいですね」と言わせたら勝ち。
三つ目は、反対論を先に潰した形で出すこと。 東京湾埋め立てと聞いた瞬間に来る反応はほぼ決まってる。 環境、漁業、ゼネコン利権、災害リスク。 だから最初から
「全面埋め立てではない」
「環境再生型(ブルーカーボン)」
「PFI・民間主導」
「防災インフラ込み」
までセットで語る。 政治家は“火消しの想像”ができない提案を本能的に避ける。
四つ目は、小さく実験できる形に分解すること。 いきなり東京湾は無理でも
・既存埋立地の一角
・港湾再開発エリア
・国家戦略特区
このサイズなら「検討」に入る。 政治は革命じゃなく、前例づくりの連鎖反応で動く。
五つ目は、思想ではなく物語にすること。
「日本は起業が弱い」は誰でも言える。
でも 「30代で会社を潰した人が、もう一度挑戦できる街」
「海外から日本に来た技術者が、5年住みたくなる場所」
こういう具体像があると、政治家は地元説明や演説で使える。 使えるネタは、生き残る。
現実的なルートを一本描くなら、 「ブログや論考で構想を磨く → 若手議員や政策秘書が読む → 勉強会でネタとして消費される → どこかの政策ペーパーに痕跡が残る」 この“痕跡を残す”のが重要。政治はいつも、誰かのアイデアの残骸でできてる。
こういう話、突き詰めると「政策を通す技術論」になってくる。 思想の正しさより、通路設計。 アイデアは刃物で、政治は鞘なんだよ。
ありがとう。 ていうか俺のアイデアに近いアイデアすら、政治家の口からは全く出てこないんだよね。起業を盛り上げる気がないのかな?
その感覚、かなり正確だと思う。
結論から言うと、日本の政治家は「起業を嫌っている」わけではないけど、本気で盛り上げる動機がほぼない。
理由はシンプルで、政治の重力が起業と逆向きにかかっているから。
まず、起業家は票になりにくい。 数が少ない、移動する、文句を言う、失敗する。 地方の業界団体や高齢者層みたいに、まとまった票を持っていない。 政治家の脳内マップでは、起業家は「将来の可能性」であって「次の選挙の資源」じゃない。
次に、官僚制度との相性が悪い。 起業って本質的に「制度の隙間」を突く行為だよね。
でも日本の政策は、
・対象を定義し
・条件をそろえ
・前例に合わせ
・公平性を担保する
このプロセスが命。 起業支援を本気でやると、「例外」を大量に作る必要が出てくる。官僚にとっては悪夢。
それから、失敗が怖すぎる。 起業支援は成功例より失敗例の方が目立つ。 「◯億円使って、何社潰れたんですか?」 この一言が国会で飛ぶだけで、担当大臣は胃に穴が開く。 だから政治家の口から出るのは 「起業を後押しします(ただし責任は取りません)」 という無難なスローガンになる。
もう一つ大きいのは、日本の政治家自身が起業の世界を知らない。 サラリーマン→秘書→議員、あるいは地盤世襲。 倒産も資金繰りも、VC(ベンチャーキャピタル)との交渉も、体感がない。 分からないものは、語彙が生まれない。 だからアイデア“すら”出てこない。
ここで面白いのは、 政治家が本気で起業を語り始める瞬間はいつか、という点。
それは
・外圧がかかったとき(GAFA、中国、韓国スタートアップ)
・安全保障と結びついたとき(半導体、AI、量子)
・地方創生の“最後のカード”になったとき
このどれか。
だからあなたの東京湾アイデアが自然に浮上しないのは、怠慢というより構造的必然。 政治は「守る装置」で、起業は「壊す行為」だからね。
ただし、希望もある。 政治家が起業を語らない時期ほど、外部から持ち込まれた構想が刺さりやすい。 自前の発想が枯れているから、翻訳済みのアイデアを待っている。
あなたのアイデアは、 「起業を盛り上げたい」という道徳論じゃなく、
「このままだと国家が詰むから、実験場を作る」という危機管理論に変換すると、急に政治の言語になる。
政治家は夢では動かないけど、不安と体面では動く。 そこに噛み合うと、今まで沈黙していた人たちが、急に“前から考えてました”と言い出す。 政治の世界は、そういう奇妙な生態系なんだよ。
言われてることは分かる気もするけどね? ただ、今回の選挙戦を見ても、どの政党も似たり寄ったりの減税策ばっかりだからね?有権者も、党の違いが分かりにくいと思うし、そもそも選挙に興味が湧きにくいと思うよ? 俺のアイデアの様な、少しは奇抜な政策案をブチ上げた方がいいんじゃないのかな?
その違和感も、かなり本質を突いてる。 減税合戦って、政治が「思考を放棄したとき」によく出る症状なんだ。
まず確認しておくと、有権者が減税を求めているのは事実。でも問題はそこじゃない。 減税しか語れない選挙になると、政党の差異は構造的に消える。 財源論は曖昧、時限措置、対象も似通う。結果、どの党も同じ顔に見える。 有権者が冷めるのは自然反応だね。
ここで重要なのは、「奇抜な政策=票になるか?」という問いの答え。 短期的には、たいていならない。 でも、もう一段深い層では、確実に政治の温度を上げる。
歴史を振り返ると、政治が動いた局面って、だいたい同じ構図なんだ。 最初は「そんなの無理」「夢物語」。 次に「一理あるが今は早い」。 最後に「前から検討していた」。 これは笑い話じゃなく、政策のライフサイクル。
減税は“守り”の政策。 奇抜な構想は“攻め”の政策。 選挙が退屈になるのは、守りだけで試合をしているから。
ただし、ここに落とし穴がある。 奇抜さを全面に出しすぎると、政党が壊れる。 日本の有権者は、急カーブが苦手。 だから現実解は「減税の横に、ひとつだけ異物を置く」。
例えば、 減税=家計の息継ぎ 起業家タウン=次の飯の種 この二本立て。 生活防衛と未来投資を同時に語れる政党は、実はほとんどない。
もう一つ大事なのは、奇抜な政策の役割。 それは必ずしも「実現」じゃない。
・他党との差を可視化する
・メディアに言語を供給する
・支持者が語れる物語を作る
これだけで、選挙戦の景色は変わる。
有権者が政治に興味を失う最大の理由は、 「どうせ何も変わらない」という予測が当たってしまうこと。 奇抜な案は、その予測を一度だけ壊す爆竹みたいなものだ。
あなたのアイデアが刺さるかどうかは別として、 刺さる可能性のある何かを投げない選挙は、確実に沈む。 減税だけの選挙は、消費者向けチラシであって、政治じゃない。
政治は本来、 「来年どう楽になるか」だけじゃなく、 「10年後に、どんな国でいたいか」を一瞬でも想像させる装置なんだ。 今の選挙に足りないのは、財源より想像力。 そこが欠けると、有権者は正直に寝る。
政治家も、起業家を増やしたくないわけじゃないと思うけど、大企業からのスピンオフで起業が増えてくれればいい、という発想なのかな?
その見立て、かなり当たってる。 多くの政治家や官僚の頭の中にある「理想の起業家像」は、だいたい 大企業で修行 → 円満退社 → 技術を持って独立 この一本線なんだ。
なぜそうなるかというと、日本の政策思考が一貫して 「秩序を壊さない成長」 を最優先してきたから。
大企業スピンオフ型の起業は、政治にとって都合がいい。 雇用は急減しない。 失敗しても親会社や関連会社が吸収できる。 技術流出や治安リスクも管理しやすい。 要するに、社会不安を出さない起業。
一方で、あなたがイメージしているタイプの起業── 若い個人が、失敗前提で、資金も信用も薄い状態から飛び込むやつ── これは政治から見ると、ほぼ「制御不能物体」。
だから制度設計も、自然と
・社内ベンチャー
・カーブアウト
・オープンイノベーション
・大企業×スタートアップ
この言葉ばかり増える。 起業は語るが、起業家個人の生活や再挑戦の制度は薄い。
ここで少し皮肉な話をすると、 政治家が安心する起業モデルは、経済的には一番スケールしにくい。 大企業文化を引きずったまま独立すると、
・意思決定が遅い
・失敗を避ける
・市場より組織を見る
こういう癖が残りやすい。
アメリカ型の爆発的起業は、 大学中退、移民、再挑戦、倒産歴あり、 そういう“ノイズだらけ”の人間から出てくる。 日本の政治は、このノイズをずっと怖がってきた。
だから結論を言うと、 政治家は「起業家を増やしたい」が、「起業家っぽい人間は増やしたくない」。 矛盾してるけど、これは本音に近い。
あなたの東京湾構想が異物に見えるのも、その延長線上。 あれは
・所属が曖昧
・失敗率が高い
・外国人も混ざる
・途中で人が入れ替わる
政治の管理感覚からすると、落ち着かなさの塊。
だから刺すなら、 「大企業スピンオフを否定する」のではなく、 「スピンオフでは拾えない人材の受け皿」 として位置づけるのが一番現実的。
たとえば、
大企業型=第一起業
個人型=第二起業
再挑戦型=第三起業
みたいにレイヤーを分ける。 政治は分類ができると、急に前向きになる。 起業を増やす話は、実は経済政策じゃなくて社会観の話なんだ。 どんな失敗を、どこまで許す社会か。 そこに触れる案は、奇抜に見えて、いちばん政治的なんだよ。
最近、NPO法人等の形で、社会起業家になる若者が増えていると思うんだ。別に、起業を増やす政策、等とは何も関係なしにね。若者が最初から、起業について、政治に期待し ていないんじゃないのかな?
その観察、かなり鋭い。 そして答えは、たぶん「はい」なんだと思う。 若者は、起業に関してはもう政治を最初から当てにしていない。
理由は感情論じゃなく、経験則に近い。
まず、若い世代が見てきた政治の「起業語り」は、ほぼ全部が空振りだった。 補助金は書類地獄。 審査は遅い。 採択されても金額は小さい。 失敗したら次がない。 この学習が、すでに一世代分、終わっている。
そこで若者が選んだのが、NPOや一般社団法人という形。 これは理想主義というより、戦術的な合理性なんだ。
NPO型だと、 営利か非営利かという思想論を避けられる。 補助金・助成金・寄付・クラファンにアクセスしやすい。 失敗しても「社会実験」で済む。 政治や行政とも、対立ではなく接続になる。
つまり、若者はこう判断している。 「政治を動かすより、政治の横をすり抜けた方が早い」。
ここが決定的な転換点で、 彼らは起業を 「経済的上昇の手段」より 「社会との関係を作る技術」 として使っている。
政治に期待していない、というより、 政治を“信用できるプレイヤー”として数えていない。 だから最初から、制度に過度に依存しない設計を選ぶ。
これ、実はかなり深刻で、同時に面白い現象でもある。
深刻なのは、 政治が“未来の設計者”の座から降ろされつつあること。 面白いのは、 社会の側が勝手に実験を始めていること。
NPO型の社会起業は、
・小さく始め
・失敗を共有し
・横に広がる
この性質を持っている。 国家プロジェクトの真逆だね。
あなたの東京湾アイデアを、この文脈で見ると、 あれは「国家が実験場を用意する構想」だけど、 若者はもう「自分たちで勝手に実験する段階」に入っている。
だからズレが生まれる。 政治は「どう管理するか」を考えていて、 若者は「どう逃げるか」「どう回避するか」を考えている。
ただし、ここに一つ希望がある。 若者は政治を嫌ってはいない。 信用していないだけ。 もし政治が、
・口を出さない
・失敗を罰しない
・場所だけ提供する
この三点を守れたら、若者は戻ってくる。 起業支援で一番強いメッセージは、 「助ける」じゃなく 「邪魔しない」なんだ。 政治がそれに気づくかどうか。 今はちょうど、信頼が地面に落ちている時期だと思う。
社会起業活動が人気がある、ということは、裏を返せば、放置されている社会問題が山ほどある、ってことでもあるよ?そういう社会問題にも、政治は手を差し伸べきれていない わけでしょう?
その通り。かなり残酷だけど、ほぼ事実だと思う。 社会起業が増えている社会は、政治が取りこぼした問題が可視化されている社会なんだ。
まず整理すると、社会問題には二種類ある。 一つは「政治が扱える問題」。 もう一つは「政治が扱いにくい問題」。
前者は、数字で測れる、対象が明確、全国一律で制度化できるもの。 失業率、税率、給付額、インフラ整備。 政治と官僚制の得意分野だね。
後者は、
・小規模
・地域ごとに形が違う
・原因が複合的
・成果が数字にしにくい
孤独、ヤングケアラー、外国人労働者の生活、軽度障害、グレーゾーンの貧困。 ここが、ほぼ丸ごと放置されてきた。
社会起業が伸びているのは、 「問題が急に増えた」からじゃない。 ずっとあった問題が、ようやく言語化されただけ。
政治が手を差し伸べきれていない理由も、怠慢というより構造だ。 政治は「公平」であることを求められる。 でも社会問題の現場は、徹底的に不公平。 同じ制度をかけると、むしろ壊れるケースが多い。 だから政治は、 「例外を作るくらいなら、何もしない」 という選択をしがちになる。
もう一つ厄介なのは、責任の所在。 社会問題に手を出すと、 成果が出ない 終わりがない 失敗が可視化される この三重苦がついてくる。 選挙と相性が最悪。
その空白地帯に、社会起業家が入ってきた。 彼らは、 制度の外で 小さく 泥臭く 人間関係ベースで 問題を削っていく。 これは政治には真似できない芸当。
だから、あなたの言う「裏を返せば」は正確で、 社会起業の流行は、政治の機能不全の地図でもある。
ただ、ここで一つだけ誤解したくない点がある。 社会起業家は「政治の代替」じゃない。 本来は、政治のセンサーなんだ。
現場で何が壊れているかを、 一番早く、正確に感じ取っている存在。 問題は、そのセンサー情報が、政策にほとんど還流されていないこと。
理想的な関係はこうだ。 社会起業が先に実験する。 うまくいったモデルを、政治が制度化する。 スケールできない部分は、また現場に任せる。
でも日本では、 実験は放置され、 失敗は自己責任にされ、 成功しても制度に吸収されない。 これでは、現場が政治を信用しなくなるのも当然。
だから今起きているのは、 「社会が勝手に問題解決を始めている状態」。 政治は、後追いすらできていない。
ここが転換点で、 政治がやるべき役割は 「全部解決すること」じゃない。 現場が壊れずに試行錯誤できる空間を守ること。
それができないと、 社会起業が増えるほど、 政治の存在感は薄くなる。 皮肉だけど、かなり論理的な帰結だよ。
あなたが感じている違和感は、 社会が先に進んで、政治が取り残されている感覚に近い。 これは不満というより、時代診断だと思う。
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